志波姫神社

栗原市志波姫八樟新田126(平成19年7月28日)

この神社は、志波姫中学校の南西700m程の辺りに鎮座しております。

志波姫神社は、木花開耶姫命を祭る延喜式神明帳栗原七座の内の大社にして、人皇第45代聖武天皇の神亀天平年間の創建といわれ、延暦年間(796〜801)に坂上田村麻呂東征の際、武運長久と五穀豊穣を祈願したと伝えられる。
社はもと伊豆野権現社と称し、築館の町裏玄光に鎮座されていたが、正保年中に祝融の災に罹り社殿のすべてが烏有に帰し、その後再建されることなく伊豆大権現の石宮を祀るのみであった。
寛永16年(1639)伊達2代藩主・忠宗公は、家臣古内主膳重廣に伊豆野原の野谷地を賜り、その開拓を命ぜられた。伊豆野原を拝領した古内主膳は、伊達藩の土木技術者であった川村孫兵衛元吉に伊豆野原開拓工事の設計を依頼、正保元年(1644)工事に着手、3年の難工事の末、伊豆野堰の完成をみた。伊豆野堰開削によって、伊豆野原開拓に成功した領主古内主膳は、明暦3年(1658)に至って社殿を造営し、水下15ケ村の守護神としてこの地に遷座した。
明治22年4月、市町村制の施行により、姫郷村、白幡村、梅崎村の3ヶ村を合併し、この由緒ある社名を唱えて志波姫村とした。町名ゆかりの神社である。
境内由緒書より。

塩竈市に志波彦神社があるが、御祭神は志波彦大神。ここ志波姫神社の御祭神は木花開耶姫命。志波姫大神の方が自然な気がします。又、大崎市古川の志波姫神社の御祭神は天鈿女命、猿田彦命。

神社入り口。

参道と境内入り口。

拝殿。右手の看板には「県指定重要文化財たばこを捨てるな!志波姫町教育委員会」と書いてあります。しかしたばこを捨ててるな!は重要文化財のあるここだけなのだろうか。

拝殿前の出雲構え。拡大写真はこちら。

(昭和43年(1968)建立)

本殿覆い屋。重文の本殿が僅かにみえます。江戸時代初期と云われています。詳しい解説はこちら。

無実の罪で磔の刑にされた人の霊を鎮めるため建立したものである、と金田明神社号標の左右に由来が記されています。写真はこちら。

境内の末社。揃えた運動靴が不気味です。

境内の石碑。