池宮(いけみや)神社

御前崎市佐倉5162 (平成23年4月8日)

東経138度8分48.42秒、北緯34度38分17.01秒に鎮座。

この神社は、御前崎市の東1.5km程の辺り、標高40m程の丘陵地帯に満々と水をたたえた桜ヶ池のほとりに鎮座しております。磐田にお住まいの方より桜情報を頂き、お花見を兼ね、今回の参拝となりました。去年茅野市の葛井神社を参拝したおり、十月晦日一年中の神事で幣帛と「机飯一膳御酒御穀」を神池に投げ入れると、これが翌朝遠州のサナギの池に浮かびあがるという伝説を知りました。又、反対にこの桜ヶ池に沈めた「お櫃」が諏訪湖に浮かぶ・・・と言う伝説があるのを知り、以来機会があれば是非参拝したいと思い続けていたので、お誘いに喜々として乗りここまでやって来ました。桜の咲き具合はちょうど宜しかったのですが、天気が曇りで写真写りがいまいちとなっており、やや残念!

<御祭神> 瀬織津比当ス・事代主命・建御名方命

<御神徳>
瀬織津比当スは大祓詞に現れる代表的な清め祓いの神で諸々の罪穢を祓い、開運厄除の御神徳極めて高い。
事代主命・建御名方命は共に大国主命の御子神で、事代主命は通称エビス様と称せられ商売繁昌、福の神として、建御名方命は武勇の神又、農、耕、水の守護神として崇められている。

<祭日> 例祭=春、秋の彼岸の中日 納櫃祭=秋の彼岸の中日

<御由来>
創祀は敏達天皇十三年(584)に瀬織津比詳命がご出現。社殿の造営がなされた。後、栄枯盛衰が激しく平安時代初めには衰退し、社殿は大破した。しかし平安時代中期一条天皇の長保三年(1001)社家の遠祖源朝臣信栄が社勢を再興。
室町時代に入ると駿河・遠江を領有する今川氏の崇敬を受けたが戦国末期に武田・徳川両氏の高天神城争奪の地となり、社殿をはじめ神宝、旧記、古文書の大部分を焼失。
江戸時代に神官信盛が再び興し徳川家の崇敬を受け、明治維新に至るまで地頭の祈願所となっていた。
享保十六年(1731)には正一位の神階宣示を受け、本殿は宝暦十年(1760)、拝殿は元文四年(1739)に、時の大宮司従四位下佐倉治部大輔源朝臣信幸が造営し、その名を池宮天王社とも称され現今に至る。

桜ヶ池とおひつ納め
桜ヶ池は、約二万年前に出来た砂丘堰止湖です。県立自然公園の一環にあり、静岡県の自然百選の森にも選ばれた神秘な原生林に囲まれた県指定名勝地です。
桜ヶ池のほとりにある池宮神社の祭りに、五穀豊穣を祈るため、秋の彼岸の中日に行われる「おひつ納め」(県指定無形民俗文化財)がある。平安末期、比叡山の名僧皇円阿闍梨が衆生救済の為龍蛇と化し入定され、池の主神となられた。この霊を高弟の浄土宗開祖法然上人が供養のために檜づくりのおひつに赤飯をつめ、一つは池宮神社に、一つは師の皇円阿闍梨にと、池心に沈めたことから始まり、以来今日まで続いている奇祭で遠州七不思議の一つにあげられている。

由緒書や境内案内図等はこちら。

池宮神社公式サイトはこちら。

江戸時代には「池宮天王社」と称していたとあります。天王と言えば牛頭天王。牛頭天王は明治の時、素戔嗚命に差し替えられた所が大半なのですが、ここでは「瀬織津比当ス」となっています。現在、桜ヶ池主神、皇円阿闍梨大龍神の為に「おひつ納め」が行われていますが、元々は池の神、水の神を祀った神社があり、後、浄土宗と結びつき皇円・法然の故事となったのかも知れません。

瀬織津姫は、祓戸四神の一柱で災厄抜除の女神である。神名の名義は川の早瀬の穢れを清めるとある。 祓神や水神として知られるが、瀧の神・河の神でもある。その証拠に瀬織津姫を祭る神社は川や滝の近くにあることが多い。ウィキペディアより。

龍の神として瀬織津比当スが選ばれたのでしょうか。すると由緒の「敏達天皇十三年(584)に瀬織津比詳命がご出現」のくだりがわかりません。池宮天王社の片隅、桜ヶ池のほとりに瀬織津比唐祀った神社があったのでしょうか。

国道150号線に向って立つ一の鳥居

鳥居に掛かる社額は「桜ヶ池」。

参道入口

参道入口のコンクリート製狛犬。満開の桜にご機嫌のようです。拡大写真はこちら。
(昭和6年(1931)1月建立)

参道途中、二の鳥居。

参道。正面が桜ヶ池。参道は左に曲がって社殿となります。

拝殿正面に立つ三の鳥居。

拝殿

拝殿左手に願い事を書いた絵馬やお札を入れるお櫃があり、覗くと・・・・。

浜岡原子力発電所はここから僅か1.5km程南。世界一危険な原発だと言われている。近い将来必ず起こると言われている東海地震に耐えられるのか、誰しも不安に思うのでしょう。地震の来る前に廃炉にし、封印して欲しいものです。実は今回の桜情報に浜岡原発の桜もあり、近くなので尋ねてみました。

拝殿内部

本殿覆屋。市指定文化財の本殿は見えないようです。


佐倉護国神社

龍神殿

八幡神社・弁天神社・津島神社(素戔嗚命はここに祀られているのでしょうか)


神船置場

神船

桜ヶ池のパノラマ。拡大写真はこちら。

湖畔に咲く桜

法然上人・皇円阿闍梨の供養碑。

龍神

御神櫃

桜ヶ池公園の桜

公園側参道入口

公園に立つ水野成夫の銅像

1967年5月末。旧浜岡町の企画課長(後の浜岡町長)だった鴨川義郎(82)=御前崎市佐倉=は、当時町長の河原崎貢(故人)らとともに上京し、水野成夫(故人)と面会した。(2009年3月20日 静岡新聞朝刊)

 「泥田に金の卵を産む鶴が降りたようなものです。お受けなさい」。名誉町民の称号を受けていた郷土の重鎮は、諭すようにそう答えた。 その人がこの銅像「水野成夫」氏。

後、浜岡原発が5号機まで建設され、その大功労者として、中部電力から毎月30万円という慰労金が支払われている。この金は、生涯受け取ることができるのだという。

金の卵が浜岡原発で、鶴とは中部電力のことでしょうか。どちらも福島原発事故でメッキがはがれ、原発は危険な放射能を撒き散らす、誠に厄介なゴジラの卵となったようです。

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