田川郡大任町今任原1600-1 (平成25年12月22日)
この神社は、大任町役場の北600m程の辺り、今任原の中ほど、小さな丘の上に鎮座しております。
当社の北2km程の辺りに同名の神社があり、そこの由緒書きに「八幡宮を寛永5年(1628)今任村を上下二ヶ村に分割の際、野原山、柳瀬山の二ヶ村に分霊し」とあります。柳瀬山に分霊されたのが当社でしょうか?
祭神 誉田天皇(応神天皇)、神功皇后、姫大神
縁起
野原山鎮座、八幡神社は、宇佐八幡宮の勧請である。今任村は昔、宇佐宮弥勒寺の寺領であった。天慶5年(942)8月、一条藤原今任朝臣の創立にして子孫代々の崇敬厚かりし、応永の頃迄は、殿舎も、宏大に祭祀も厳重なりしも、世は戦乱となり、神社も度々兵火に罹り、社領は遂に横領せられ僅かに今任村民の尊信に依りて、保持せられつつ、慶長、寛文、宝永、正徳の改築も其の為に成れり。
今の神殿も元文3年(1738)3月村民熱血の餘滴を搾り漸くにして落成せしめられた。と古文書の伝うる処なり。社殿も年と共に朽ち、明治39年(1906)11月3日建立(天長節)に神殿の改築も成れり。
其の後太平洋戦争(昭和16年12月〜20年8月)を経て、戦後の日本復興の原動力となった筑豊炭鉱の鉱害も受け数回の改築が行われ、現在に至る。
尚、明治24年(1891)11月21日よりの三日間は神社創立一千年祭が盛大に催された。
祭神は誉田天皇(応神天皇)、神功皇后、姫大神の三柱で共に宇佐宮の祭神である。
境内由緒書き より
参道入口と一の鳥居
神額
参道
ユニークな顔が楽しい玉乗り狛犬。拡大写真はこちら。 | |
>(昭和11年(1936)12月吉辰建立) |
二の鳥居。ここで参道は左へ90度曲がります。
参道
左右の割拝殿? | |
子と玉、良く見る組み合わせだが、子沢山な狛犬。拡大写真はこちら。 | |
(明治3年(1870)庚午3月建立) |
拝殿
神額
本殿
本殿左右渋い親父面の狛犬。拡大写真はこちら。 | |
(延享3年(1746)丙寅7月吉日建立) |
石祠 | |
石碑
八幡神社ですが、牛さんが?