日吉神社

那珂川市市ノ瀬441 (平成30年1月3日)

東経130度25分41.78秒、北緯33度27分14.18秒に鎮座。

この神社は、那珂川市役所の南5km程の辺り、市ノ瀬の街外れに鎮座しております。

御祭神 猿田彦命

由緒
猿田彦命は古事記に天孫降臨の条に最初に現れる国津神であります。天照大神から授けられた斎庭の稲穂をを育てるべき水田を開拓して待ち給うた神と語られます。”さるた”とは今も対馬と種子島に僅に保存されている陸稲の一品種なる赤米のことであります。春に浅瀬の多い川を止めて湖を作り、これに苗を植え夏の日照時に水を引いて秋の収穫まで干し上げる古式栽培のことでもありました。
弥生より後の氏神の鎮守の社は部落を見わたす高台にあるのが普通でありますが、本社が低い川原にあるのは、日夜田廻りに生きてきた古代の農耕の本質を今に伝えているからであります。祭日は4月30日の水籠、8月31日の風籠、12月31日の大晦がありました。氏子一同が神前で会食する式例で一年を三季に分ける珍らしい暦法の名残でありますが、縄文時代の冬のない亜熱帯気候の風土もよくしのばせます。これに1月1日の年始祭、7月31日の輪越祭、11月23日の注連縄祭が加えられております。猿田彦を祭神とする社は、伊勢二見の興玉神社で、夏至に駿河冨士の朝日を拝するところから、伊勢暦の編纂をもあつかった神であります。本社の拝殿の天井に描かれた12月12支に方位月日の神としての一面をうかがうことが出来るかもしれません。伝教大師最澄は、延暦24年(805)、唐から帰朝の折に筑紫で最初の天台派寺院たる背振山東門寺を開基いたしました。そして、これを比叡山延暦寺に移した時に、その守護神として、ここの山王神猿田彦命を勧請して彼の地に日枝神社を創建したと言う伝説が残っております。
境内由緒書き より。

参道入口

一の鳥居

二の鳥居

注連柱

拝殿

拝殿前の狛犬。拡大写真はこちら。

(大正11年(1922)6月建立)

本殿


石仏

神池

神池の猿