名古屋市昭和区御器所2-9-19 (平成24年4月27日)
東経136度55分28.03秒、北緯35度08分40.80秒に鎮座。
この神社は、中央本線・鶴舞駅の南1km程の辺り、名古屋の街中に鎮座しております。街中とはいえ、城跡に鎮座するこの神社は一段高い石垣上にあり、緑に囲まれた境内は広く、静かな落ち着いた佇まいを見せております。
尾陽神社は尾張徳川家を祀る神社として徳川義直公、慶勝公を御祭神に明治四十三年、名古屋開府三百年を記念して縣社として創建され、大正十一年に此の御器所の地に御遷座された。
義直公は徳川家康公の第九子で、慶長十二年(1607)に初代尾張藩主に封ぜられ、極めて善政を施され、清洲越しをはじめ名古屋発展の基礎を築かれた。
慶勝公は幕末の混乱期に朝廷側に付かれ、明治維新の元勲として大功あり、明治新政府誕生に多大なる寄与をされた。
また昭和二十四年には主祭神として、最高の神である天照大御神を伊勢の神宮よりお迎えした。
御器所台地の頂に位置する此の地は、一四四一年に佐久間美作守が築城したといわれる御器所西城の跡地である。
(佐久間美作守森政は熱田神宮の境内にある佐久間灯籠の奉納者としても知られる)
境内由緒書き より
尾張藩祖徳川義と十四代慶勝を祀る神社で、明治四三年(1910)名古屋開府三百年を記念して創建され、大正十一年(1922)当地に遷座した。
この地は嘉吉年間(1441〜44)に佐久間家勝が築城した御器所西城跡で、四方に堀を構え土塁を巡らした堅固なものであったといわれる。佐久間氏は家勝の数代後、盛次の代になって織田信長に仕えた。盛次の長男が賤ヶ岳の戦いで奮戦して盛政である。
名古屋市教育委員会
神社入口
神門
境内
拝殿
拝殿内部
本殿
脇参道を護る浪速狛犬。拡大写真はこちら。 | |
(昭和7年(1932)4月建立) |
奈良県桜井市の大神神社摂社・久延彦神社の御分霊を祀る久延彦神社。
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