赤崎神社

長門市東深川(平成20年7月30日)

東経131度11分6.13秒、北緯34度21分44.24秒に鎮座。

この神社は、山陰本線長門市駅の北1km程の辺り、深川の赤崎山の中腹に鎮座しております。神社より、重要文化財の「赤崎神社楽桟敷」の方が有名なようです。

御祭神:保食神・三柱姫神・天熊人神
由緒
 創祀は建暦元年(1211)北門鎮護の神として崇敬された。毎年9月10日に赤崎神社楽桟敷(重要有形民俗文化財)という、すり鉢状の自然の野外観覧席で楽踊・南条踊が披露されます。南条踊は、天正7年(1579)、吉川元春が南条元続の守る羽衣石城を攻めた時、踊り子を装った兵士らをひそかに城内に送り、敵のすきを突いて勝利を収めたことに名を由来する。ほら貝を合図に、側踊が円陣をつくり踊りがはじまる。楽踊はもともと、田植え神事の田楽踊に念仏踊の形が加わった民俗芸能といわれている。慶長元年(1596)、北長門一帯に牛馬の疫病が流行し村人は赤崎神社に平癒を祈願した。その立願成就の神恵に奉謝するために楽踊を奉納したのが始まりと伝えられている。

神社入り口。楽桟敷はこの右手にあります。

参道。左右に中国獅子が見えます。

どうしてここに中国獅子が居るのでしょうか。

拝殿と本殿

谷筋の馬蹄形の地形を利用して、神殿正面の歌舞伎舞台小屋、すり鉢状の床の踊り場、踊り場を囲む、斜面の階段状の観客席のある半円形の野外劇場である。この観客席を桝形に区切って使用されたものが楽桟敷である。
 楽桟敷は、1596年(慶長元年)この地方に牛馬の病気が大流行し、多くの牛馬が死んだ際、赤崎神社の守護神への平癒祈願に当たって、民俗芸能の七楽(楽踊5、南条踊、三番叟)が奉納されることになり、その観客桟敷として作られたものである。
 この桟敷は所有者が決まっており、石積みのスタンドの高桟敷(130)と夜の踊りだけを観覧する平桟敷が代々子孫に伝えられていたが、1963年(昭和38)国指定になって以後、桟敷は市所有となり、個人所有はなくなったという。

正面は神社社殿