田辺市芳養町(平成18年3月28日)
この神社は国道42号線と199号線のぶつかるあたりに鎮座しています。
社記によると、創建年代は不詳ですが、熊野九十九王子の一社「芳養王子社」で、建仁元年(1201)の後鳥羽上皇の御幸など由緒はありましたが、九十九王子信仰の衰退から荒廃した時期もあり、正和3年(1314)「若一王子権現宮」として再興され下芳養の産土神として祀られました。明治初年には「若一王子宮・大神宮」と称していましたが、明治4年の神社合祀により「大神社」として合祀されました。同10年には下芳養4ヵ村内の神社を合祀し境内社としています。その後、昭和22年には「寄言神社」と改称しましたが、25年にはまた社号を「大神社」に戻しました。
一時期「寄言神社」と改称したのは、創建に関わり「寄言の宮」という別名があるからでした。言い伝えでは、この神社の神官が神託を受け、浜で笏(あるいは神鏡)を得て、これを御神体とした、とされており、夢での神様のお告げすなわち「寄言」ということで「寄言の宮」という別名がついた、との事です。
御祭神は天照皇大御神、豐受姫大神、天疎向津比賣命、大綿津見命、大屋比古命、火具土命
等です。ここにはまた、明治期に合祀された境内社が未だに多数あるのですが、神社名の明記が無く、まったく社名が分からずじまいです。何方かご存じの方がいらしたら、是非お知らせください。
神社入口 | 割拝殿? |
昭和10年生まれのブロンズ狛犬。厳しい顔をしてます。 | |
(昭和10年1月建立) | |
弊拝殿 | 本殿 |
境内社・戎神社 | 境内社 |
西殿・ここに芳養王子が祀られているのでしょうか? | 東殿 |
西殿 | 境内社 |
ご神木・大楠 | |
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