海草郡紀美野町長谷宮238 (令和4年10月15日)
東経135度28分59.48秒、北緯34度10分45.41秒に鎮座。
この神社は、紀美野町役場の東16km程の辺り、長谷宮の街中に鎮座しております。
御祭神 丹生都比賣命・大黒人命
由緒
当神社は丹生都比賣命・大黒主の命の二座を、主祭神として、弘法大師高野山入山後も、六ヶ七郷を天の大社の社領とし、年中祭礼の料也とある。
七郷の中の長谷村(現伊都郡かつらぎ町新城地区、海草郡紀美野町長谷宮地区)の鎮守社として祀られてきた社であり、現在の社殿は明治30年に改築された。
第一殿の祭神丹生都比賣命は天野に伝わる丹生大明神告門(天平年間の作)の中に長谷の原に忌杖刺し給ひと見え、又同社祝氏本系帳の中にも、長谷の川原に犬甘の神と云う名を得て石神と成りて今に在す、和鋼三年十二世の祖彼の年籍勘へ奉る。
丹生真人安麻呂とあるを見ても其の祭祀は1,000有餘年にさかのぼる。
第二殿祭神、大黒人命は長谷宮、神社所有山林袋谷に祭祀されていた地主神であり「我が旧長谷村、人皇八代孝元天皇六世の孫猪心の命長谷の家号を稱え此の時右の神を祭祀せしならん神主中多伝」とある。
『神社仏閣旧跡改帳』(文化10年10月)の中に、「右のもの往古神代の時前より紙無依木の葉に書付取斗有、此の御社神楮唐へ取り御成り斗此の所楮子植付世間楮子と申ものこしらえ紙と申すものこしらえ世間に取置候楮子木茂申伝なり」、『紀伊国続風土記』には「楮子の森」と見える。
来社十三社は明治に境内にあった別当寺が廃された時氏子内から集め祀られた。
10月10日神幸祭 御旅所まで青年団子供会氏子中で「山車」を先頭に神輿の渡御あり。
和歌山県神社庁公式サイト より。
鳥居
拝殿
拝殿内部
拝殿内の石造狛犬。拡大写真はこちら。
(年代不明)
中門
本殿一殿と二殿
秋葉神社・伍霊神社・辧財天社
金毘羅社・八幡社・西殿社
戎神社