山王院

伊都郡高野町高野山152 (平成25年8月14日)

東経135度34分53.49秒、北緯34度12分35.37秒に鎮座。

【神社情報・剣貝さんより】
8月13日の高野山の萬燈供養会(まんどうくようえ)「ろうそく祭り」に行きました。当日蓮華定院の宿坊に泊り、翌日、山王院等を参詣しました。弘法大師(空海)が勧請した神社です。山王院本殿は、金剛峯寺・壇上伽藍内に鎮座しており、根本大塔の西約100メートルの一段高い場所に位置し、その昔には、この辺りを御社山(みやしろやま)と呼んだそうです。参詣時、本殿周辺を清掃中の為、扉が少し開けられており、その隙間がら狛犬を覗けたのが幸運でした。

空海が修行に適した土地を探して歩いていたところ、大和国宇智郡(奈良県五條市)で、黒白2匹の犬を連れた狩人(実は、狩場明神という名の神)に出会った。狩人は犬を放ち、それについていくようにと空海に告げた。言われるまま、犬についていくと、今度は紀伊国天野(和歌山県かつらぎ町)というところで土地の神である丹生明神(にうみょうじん)が現れた。空海は丹生明神から高野山を譲り受け、伽藍を建立することになったという。この説話に出てくる丹生明神は山の神であり、狩場明神は山の神を祭る祭祀者であると解釈されている。つまり、神聖な山に異国の宗教である仏教の伽藍を建てるにあたって、地元の山の神の許可を得たということを示しているのだとされている。高野山では狩場明神(高野明神とも称する)と丹生明神とを開創に関わる神として尊崇している。
ウィキペディア より

山王院は御社の拝殿として建立された、両側面向拝付入母屋造り(りょうがわめんこうはいつきいりもやづくり)の建物で、桁行21.3メートル、梁間7.8メートルあります。山王院とは地主の神を山王として礼拝する場所の意味であり、現在の建物は文禄3年(1594年)の再建で重要文化財となっています。
金剛峯寺 >高野山を訪ねる>名所のご案内 > 山王院 より

参道入口。案内板詳細はこちら。

鳥居と狛犬

スリムなブロンズの狛犬。拡大写真はこちら。
(昭和59年(1984)4月1日建立)

拝殿

向拝は左右にあります

社額

奉納額

本殿(御社)

本殿の歴史は古く、弘仁10年(819年)5月3日、山麓の天野社より勧請されたと伝えられています。高野山が開かれたのが、弘仁7年(816年)ですので、伽藍諸堂整備の中でも比較的早い時期に完成したのが、この地主神を祀る御社山王院本殿であったことがわかります。本殿は向って右から「丹生明神社(一の宮)」「高野明神社(二の宮)」そして左端に十二王子百二十番神を祀る「総社(三の宮)」が並んで建っています。
高野山霊宝館> 高野山と文化財 > 指定建造物> 山王院本殿 より

空海をこの地に案内した犬達でしょうか。拡大写真はこちら。
(年代不明)
右から第一の宮・丹生明神社 第二の宮・高野明神社

第三の宮十二王子

絵馬やお札

根本大塔。解説はこちら。

根本大塔の御朱印