高麗神社

富山市辻ケ堂(平成18年11月26日)

成願寺河口の今川橋東に鎮座しています。由緒書きを以下に。

祭神、五十猛命他四社合祀

由緒と沿革
年代不詳であるが元禄期以前の創建であり、当地の産土神である。神社前の道路は藩政時代の富山往還道であり、北に延びて浜街道と交差し、当時交通の要衝であった。
現在南方に公共下水道水橋処理場があり、この建設の際、奈良平安時代の遺構が発見され、延喜式の「水橋駅」の址と比定されている。
この神社名からこの地は確実に大陸渡来民の到来が推定でき、また、対岸浜黒崎高来野に、この社の分社と思われる高来社があることも興味深い。
明治の頃、大成小学校の同窓会誌に、水橋八景の一つに荒町公園の桜があげられているが、当時この地は里桜や椿の大木が数多くあり、住民の憩いの地であった。
富山市

日本書記に五十猛命は父神素盞嗚尊とともに木種を持って半島の曽尸茂梨に降臨したが、ここには播かないとして、日本にまいもどったとされる。

神社入り口。

ずんぐりと太った体、異様に大きな手足、存在感のある狛犬です。

(弘化2年(1845)建立 石工 金蔵)

拝殿。

本殿覆い屋。