有礒(ありそ)正八幡宮

高岡市横田町3-1-1(平成21年8月17日)

東経137度0分21.06秒、北緯36度44分46.82秒に鎮座。

【神社情報・ナッキーさんより】
 この社は高岡西高校の南東約200mに鎮座しています。

 御祭神:有礒神、綏靖天皇、応神天皇、金毘羅神、日本武尊、石凝姥神、前田利長公
 祭礼日:例祭日・5月14・15日、御印祭・6月19日
 由緒:「有礒宮」と「横田正八幡宮」の二社が合祀された神社です。
 有礒宮は古代大和より移住してきた有礒の民(綏靖天皇を奉斎する人々)が、渋谷の浜(現在の高岡市雨晴岩崎の沖合い)にに祀ったとされ、「有礒の海」の守護神として有礒七浦(氷見七浦)の宗社と崇敬されていました。後、日本海の荒海による浸蝕がはげしくなり、現古城公園小竹藪付近に移されていましたが、高岡城築城に際し、横田正八幡宮と合祀されました。築城様式の石垣はその折、前田公によって奉納されたと伝わります。
 横田正八幡宮の勧請年月は不詳ですが、文明年間に神主上田丹後守が勧請奉斎したと伝えられ、天明6年には横田川({現在の千保川)が氾濫し、社地を移したとの記録が残っています。また神仏習合の頃には宗泉寺が別当として社務を司っていました。
 二社が合祀され当初は「有礒神社正八幡宮」と呼称していましたが、文化元年には「有礒神社」、そして昭和22年「有礒正八幡宮」と改称されました。
 明治16年建立の本殿、昭和10年建立の釣殿、拝殿及び幣殿 は国登録文化財に指定されています。
 市指定文化財となっている八角神輿は元禄9年(1696)に新調され、天明年間(1781〜1789)に復興、嘉永年間(1848〜1854)の大修理を経て、現在まで伝えられています。
 特殊神事として「御印祭」や「水天宮祭」があります。
(「有礒正八幡宮」パンフレット、「全国著名神社名鑑」より)

社頭
社号標
「越中古社
 有礒正八幡宮」
入口に立つ木製台輪鳥居
参道途中に立つ注連柱
ブロンズ随神像
横田町・米田ーの作品で、戦時中の金属供出時にもこのブロンズ像は供出を免れました。
参道途中に立つ二の台輪鳥居
手水舎
境内入口
社殿
社殿内の様子
親子抱き合いのケヤキ
もとのケヤキの脇に子木が芽吹き、成長とともに互いに抱き合うような姿となった為、その姿を親子が助け合う象徴と見た人々が家内安泰を祈るようになりました。
磐座