田無神社

西東京市田無町3-7-4 (平成29年4月22日)

東経139度32分50.35秒、北緯35度43分36.09秒に鎮座。

【神社情報・来戸さんより】
西武新宿線「田無」駅より10数分の所に鎮座しています。尉殿権現は宮山にあったが、1622年に上保谷の尉殿権現に、1646年に田無の尉殿権現(現田無神社)にそれぞれ分祀されました。

主祭神 大国主命・須佐之男命・猿田彦命・八街比古命・八街比売命・日本武尊命・大鳥大神・応神天皇

 田無神社は正応年間(鎌倉期十三世紀)に谷戸の宮山に鎮座し、尉殿大権現と呼ばれていました。時代は下り、徳川家康が江戸幕府を開くにおよび、当神社は元和八年(一六二二年)に上保谷に分祀し(尉殿神社)、さらに寛文十年(一六七〇年)に現在の地に遷座し、明治五年に田無神社と改称して現在に至っております。
御祭神の尉殿大権現は、すべての命の源である水と、よろずの災を祓う風を司る、豊穣と除災の守護神で、その御姿は金龍神として顕現いたします。
金龍神は境内の東西南北に御祀りされている青龍神、赤龍神、白龍神、黒龍神の中心となり、その御神威をいや高めに高め、あらゆる災難、悪しき方位の障りを祓い除けて下さいます。
 田無神社には大国主大神も主祭神としてお祀りされております。大国主大神は厄除、商売繁昌、学業成就、病気平癒、縁結び、国土開発の神様で世に福の神と呼ばれ、その御神徳の高さ、ご慈愛の深さは計り知れません。また須佐之男命(厄除、子育ての神)、猿田彦命、八街比古命、八街比売命(交通安全の神)、日本武尊命、大鳥大神 (開運の神)、応神天皇(外国文化を導く神)を合祀し、さらにすべての神々をお祀りしてあります。
境内案内板 尉殿大権現 田無神社 由緒記 より

尉殿権現社
除地、五畝三歩、小名宿あり、小社にて上屋設ふく、二間四方南向、拝殿二間に三間、~體久利迦羅不動木像にて長一尺二寸、前に鳥居をたつ、村内の鎮守、西光寺の持、當社古は今の地より十町許北の方にありしが、元祿の比此地へ移せしと、今に古宮とて社地の迹その所にあり、
新編武蔵風土記稿>野方領>田無村>尉殿大権現 より

田無神社は元・宮山(現田無二中)の地にあり、元宮は尉殿権現と称された。
寛文十年九月十九日に、名主下田半兵衛は元宮の地に鎮座する尉殿権現を現在の御社地に遷し鎮守の神としてお祀りした。
元の御社名の錠殿の御名は、中世各国々より朝廷に納める物産を収納しておくお倉のことで火防盗防守護として又氏子が家内安全を祈願してお祀りされたものである。後世、錠の字を尉と改め尉殿権現と称し、後田無神社となった。これより田無神社の例祭は九月十九日に執行される慣わしとなっている。
北多摩神社誌 より

当神社公式サイトはこちら。

御朱印

正面(南側)入口

参道

手水舎

手水舎左右の台湾獅子

拝殿

木の台座に乗る躍動的な岩乗り狛犬。拡大写真はこちら。
(年代不明)
左右の脇障子

御神木

鞘殿&絵馬掛け場

本殿(当社公式サイトより)


少彦名社

古事記で神皇産霊神 (かみむすびのかみ)の御子とされている少彦名神 (すくなひこなのかみ)がお祀りされています。 輝く船に乗り、蛾の皮を着た親指程の小さな神として大国主命の前に現れて共に国土の建設に尽力され、主に病気の治療にお力を顕されたので医薬の祖神とされています。

神輿庫

渋い親父面がきまっている江戸流れ。拡大写真はこちら。
(年代不明)

津嶋神社

津嶋神社の現在の御社は、同じ御祭神(素戔嗚命)が祀られている。江戸神社の御社を、神田神社の御厚意によって平成三年にお譲りいただいたものです。江戸神社は江戸地域最古(西暦721年)の創立で、元は江戸城(現在の皇居)の中に鎮座されておりました。
移築修復の設計は松本省蔵により向拝柱の青龍の彫刻(一本の木から柱ごと彫り込んであります)は酒場玄進とその弟子小野寺武男により、彩色は片岡鋭二によります。
「やすらぎの場としての神社」境内整備計画は当御社の移築から始まり、平成七年十月を以って完了いたしました。・・・・・・

舞殿

弁天社

恵比寿&大黒様

大鵬土俵

この土俵は昭和の大横綱であった故大鵬幸喜親方が平成五年に田無神社五穀豊穣祭を記念して開いた土俵です。大鵬親方は、平成十一年には田無神社崇敬会初代会長に、その後田無神社崇敬会名誉会長に推戴されました。また、平成十二年に還暦を迎えたことを機に、親方はこの土表を大鵬と命銘しました。

稲荷神社

煩大人社&塩竈神社

煩大人神(わづらいうしのかみ)をお祀りする社です。
伊耶那岐命が黄泉の国から帰還して筑紫の 日向の橘小戸の阿波岐原(あはぎはら)で禊をされた時、投げた衣から化生しました。着ていた衣服は煩わしさの象徴であり、煩大人神は本来厄病神の一柱に数えられるがお祀りする事で除災の神となりました。

塩土老翁(しおつちのおじ)神は山幸彦(やまさちひこ)が海幸彦(うみさちひこ)の釣り針を無くし困っていた所に現れて助けた神とされる海の神です。他にも神武天皇に大和の話を伝え東征にお導きになったとも記され、航海や遠征の守護神的な側面を持ちます。

左、青龍神

楠木正成公像

裏側(北側)入口

東側入口

西側入口