代田八幡神社

世田谷区代田3-57-1(平成20年6月8日)

東経139度39分45.2秒、北緯35度39分13.81秒に鎮座。

 この神社は世田谷代田駅の南西に鎮座し、すぐ東を環七が通っています。遠くからでも目立つ高木の鎮守の杜があり、綺麗に掃き清められた境内は気持ちよく、八幡神社とは思えない社殿の造りも相まって静寂な空間を作り上げています。又、拝殿前の建立年代不明の江戸流れ狛犬は江戸期の狛犬の傑作といえるのではないでしょうか。
 又、東参道は人の往来がかなりあり、始めの内は神社の参拝者かと思っていたのですが、この社の境内隅には環七をまたぐ歩道橋入口があり、それを沢山の人が利用しているのでした。神社の境内がこういう利用のされ方をしているのは始めてみましたが、何時もここを利用している方達の殆どが氏子さんでしょうし、毎日通れば神社に対する近親感も湧いてくるでしょうし、地域の方達とのつながりも深まって、考え方によっては良いことなのかな?と思いました。

 御祭神:応神天皇
 例祭日:代田餅つき・1月第3日曜日
 由緒:室町時代、足利管領のき下にあって権勢関東に響いた吉良治部大輔治家は、世田谷に城を築きましたが、小田原の役で北条方に組したため滅亡し、その後吉良氏の家人7家が天正19年(1591)に宇佐八幡宮(世田谷八幡宮)から八幡神を勧請して祀ったのが創祀とされます。その後代田の発展に伴い天和元年(1681)ほぼ現在地に本格的社殿が建立され、代田地区の産土神として崇敬を受けています。
 明治6年(1873)、境内の立ち木を売り払い、石垣、大鳥居、灯篭などを新調しましたが、その7年後には暴風雨のためスギ、ヒノキが多数倒れ本社殿も壊滅したようです。昭和20ねん戦災で全焼しましたが、昭和33年(1958)再建されました。
 1月第3日曜日に行われる市民俗無形文化財指定「三土代会の餅つき」は、江戸時代天保年間から代田地区に伝わる昔ながらの独自の餅つきで、古来より伝わる餅つき唄で調子をとる「コネドリ」、6人または8人での「カケ搗き」、手を休めることなく搗き手を替える「アゲ搗き」、圧巻は8人の搗き手が臼を取り囲むようにして威勢よく一気に餅を搗く「八人搗き」で、華やかで独特のものだそうです。 

神社遠景
東参道入口 東参道入口に建つ社号標
西参道入口前は工事中で、
こちらから入ることは不可能でした。
境内から見下ろす西参道入口
八幡社とは思えない
神明造りのように簡潔な造りの拝殿
拝殿内の様子

拝殿前の建立年代不明の江戸流れ狛犬
普通狛犬は、足座と一緒に彫られるものですが、この狛犬には足座が無く、台座の上に自然石が置かれ、狛犬の足元は浮き上がったように隙間が出来ているところもあります。阿吽共に子連れで、体表には細かく体毛が彫られ、均整のとれた滑らかな体つきと、スムースな毛の流れがとても綺麗に表現されています。円丈さんはこの狛犬の建立年を「文政(1818〜)以降あたりのものと思われる。」と書かれていますが、確かにこの腕の冴えは江戸流れ狛犬の興隆期の作と思われ、江戸狛犬の傑作の部類に入るのではないでしょうか。
狛犬の拡大写真はこちらで
本殿
境内社 神楽殿
注連縄が張られたご神木・大公孫樹 境内隅には環七をまたぐ歩道橋入口があり、
沢山の人が利用していました。