多田神社

中野区南台3-43-1 (平成25年5月5日)

東経139度40分1.17秒、北緯35度40分48.12秒に鎮座。

【神社情報・来戸さんより】
東京メトロ丸の内線「方南町」駅より東へ徒歩10分弱の所に参道入口があります。境内はみどりに囲まれ、季節も皐月、とても気持ちいい空間でした。隣は江戸三十三観音17番札所、宝福寺です。

御祭神 多田満仲公 (満仲公は第56代清和天皇の御曽孫多田源氏の祖神である。)

御由緒
幼少より文武両道に秀で国家に凛然として輝き、武門の棟梁たる勅諚を賜り国家鎮護の大任を課されたるのみならず、或は沼地を開拓して広大なる田畑を造成し、或は河川を改修して農耕の拡大に寄与し、併せて源氏興隆に確固たる基礎を築かれた。
威力は関東に及び、特に雑色村の文化向上に尽くされた事蹟は尠少ではない。仍って時の里人の敬慕浅からぬものがあった。その第2子は歴史上著名な頼光公であり、第4子頼信公は平忠常を討ち関東を平定した。続いて頼義、義家の父子二公は前九年後三年の両役に大軍を率いて、奥羽の地に赴きその凱旋の帰途、寛治6年(1092年)祈願達成の報賽として大宮八幡宮に神鏡を献じ、別当宝仙寺を建立すると共に大宮八幡宮造建の時の八幡宮神供の雑色料の地である当地に日頃淑敬する満仲公の祠を建てたところ雑色村の鎮守社として住民に崇敬せられて来たということが「武蔵名勝図会」に記されている。新編武蔵風土記稿には「多田権現稲荷合社」と記されている。
当神社公式サイト より

神社入口

御神木

二の鳥居&石階

手水舎

拝殿

拝殿内部

こんなに眉毛が垂れていて目が見えるの?と心配になる江戸狛犬。
阿は見上げる可愛い子狛、吽は花模様の玉持ち。拡大写真はこちら。
(制作 芝二本榎一・石工 塚本福次郎 明治14年(1881)3月日建立)

本殿

三社合祀、左・脇参道
榛名神社 ご祭神は、火産霊神・埴山毘売命 かまどとご不浄を守る。
御嶽神社 ご祭神は、櫛真知命・配神大己貴命・少彦名命 火災・盗難除けの神として信仰が厚い。
阿夫利神社 ご祭神は、大山祇命・雨降山とも呼ばれ、雨乞いの神である。

脇参道入口

 多田稲荷大明神
 多田神社の鬼門を守り、衣食住という 日常生活を守護される神である。
 江戸時代には多田権現稲荷合社として祀られていた。

参集殿

御朱印