塩竃神社

港区新橋5-19-7(平成15年7月10日)

神社入口

社殿

 阿吽ともに子取りで特に阿は授乳狛犬。
少々おデコだが優しい顔の良い江戸狛犬です。

 港区の説明版によれば塩釜神社は元々仙台、伊達家の中屋敷にあった。第四代藩主・伊達綱村が汐留の上屋敷に元禄8年(1695)勧請(神仏の分霊を迎えてまつること)した「安産の神様」を、十三代藩主・慶邦が中屋敷内のこの地に移し、幕末の安政3年(1856)庶民も参拝できるように開放したのだという。元の宮城県塩竃市にある塩竃神社は陸奥国の一宮です。
 塩釜神社を勧請した第四代藩主・伊達綱村は汐留の上屋敷で生まれた。二歳で藩主となったが、伊達騒動という有名な御家騒動に巻き込まれる。幸い「お取りつぶし」はなかった。が、その後ごたごたした国許には帰りたくなかったのか麻布の下屋敷で暮らし、江戸で過ごした年月は人生の6分の5に及んだという。だが名君だったらしく、塩竃市の港湾都市としての基礎を作ったり、神社仏閣の建立など色々と御活躍のようです。
(ニッセイエブロ(株) エブロ界隈 江戸切り絵図散歩より)