田端八幡神社

北区田端2-7-2 (平成25年8月5日)

東経139度45分43.30秒、北緯35度43分58.19秒に鎮座。

【神社情報・剣貝さんより】
JR「田端」駅より南へ徒歩5分程の所に鎮座しています。脇参道途中に境内社が並びます。

御祭神 品陀和気命

御由緒
この八幡神社は、田端村の鎮守として崇拝された神社で、品陀和気命(応神天皇)を祭神としています。神社の伝承によれば、文治5年(1189)源頼朝が奥州征伐を終えて凱旋するときに鶴岡八幡宮を勧請して創建されたものとされています。別当寺は東覚寺でした。
現在東覚寺の不動堂の前にたっている一対の仁王像(赤紙仁王)は、明治元年(1867)の神仏分離令の発令によって現在地へ移されるまでは、この神社の参道入口に立っていました。江戸時代には門が閉ざされていて、参詣者が本殿まで進んで参拝することはできなかったらしく、仁王像のところから参拝するのが通例だったようです。
参道の中程、一の鳥居の手前には石橋が埋められています。これは昭和初期の改修工事によって暗渠となった谷田川に架かっていたもので、記念保存のためにここへ移されました。
社殿は何度も火災等に遭い、焼失と再建を繰り返しましたが、平成4年(1992)に氏子たちの協力のもとで再建され、翌年五月に遷座祭が行われて現在の形になりました。境内には、稲荷社のほかに田端富士三峯講が奉祀する富士浅間社と三峰社があり、富士浅間社では毎年2月20日に「富士講の初拝み」として祭事が行われています。
北区教育委員会 案内板 より

参道入口

参道・右側の階段を登りました。

富士浅間社
三峰神社 稲荷神社

手水舎

拝殿

堂々とした江戸流れですが、米軍の空襲で焼かれたのでしょうか。拡大写真はこちら。
(典都50年紀念 大正6年(1917)8月建立)

鞘殿

神楽殿と祭具庫

御朱印