八剱神社

葛飾区奥戸8-6-22 (平成25年8月20日)

東経139度52分17.90秒、北緯35度43分55.94秒に鎮座。

【神社情報・剣貝さんより】
「環七通り」と「奥戸街道」が交差する所、「奥戸陸橋下」交差点より東北へ徒歩数分の所に鎮座しています。近くを新中川が流れています。

御祭神 日本武尊・伊邪那岐命・伊邪那美命

御由緒
天文五年(1536)三河国碧南郡西端村の郷士杉浦小左衛門が当地を開拓するにあたり、守護神として勧請したものと伝える。旧奥戸新田の鎮守である。天明四年(1784)の『奥戸新田村鑑』に載せる神社の書上げに次の記事がある。
惣村鎮守は八剣大明神にて、六尺四面、別当宝蔵院にて、御捨地弐畝歩、此分は御水帳に反歩無之候へ共、享保十一年御改之節、弐畝歩と書上候。勧請年号は不相知候ヘ共、三河国より杉浦左衛門と申者勧請致候由、鎮守様棟札に有之候。往古より社萱葺に候所、安政七年五月、本所こけら屋根に致し、上屋建立いたし候。同年九月、石鳥居村方惣若者かかりにて建立いたし候。末社稲荷大神有之、神酒二月奉、社は六月十五日祭礼、九月十三 日壱年に三度宛、神酒捧申候。
社殿は、寛永六年(1029)九月、正保四年(1647)、安永七年(1778)五月、文久三年(1863)九月、明治四十一年十月に再建または修覆が行われ、現在の社殿は昭和四十七年十月の造営である。
葛飾区神社調査報告書 より

正面入口

神輿庫

手水舎

拝殿

玉垣内の岡崎型狛犬
(昭和47年(1972)10月吉日建立)

鞘殿

西参道入口

明治で尾立は珍しい、モデルとなった先代がいたのでしょうか。拡大写真はこちら。
(明治4年(1871)辛未10月吉日建立)

稲荷神社

手水石

社殿(八剱神社のもと本殿、文久年間の建築という)

龍・木鼻・脇障子