荒川区西日暮里3-4 (平成16年10月24日)
信濃国上諏訪社と同じ建御名方命を祀る。当社の縁起によると、元久2年(1205)、豊島左衛門尉経泰(つねやす)の造営と伝える。江戸時代、三代将軍徳川家光に社領五石を安堵され、日暮里、谷中の総鎮守として広く信仰をあつめた。
以上 荒川区教育委員会の説明板より抜粋。
豊島左衛門尉経泰は、板橋の氷川神社も武蔵国一の宮氷川神社から勧請したよし。相当な勢力を持っていたようです。
日暮里駅の真上なのに樹木が多く閑静な神社でした。狛犬も良い物だったのですが眼や口に要らない彩色をしたためにとぼけた感じになってしまいました。惜しいです。
(文化13年(1816)7月製作)
「れ組」の奉納したおとぼけ威張り系狛犬
(明和甲戌年(1764〜1771の間?)制作)
古くは、新堀村といったこの地は享保年間から日暮里と呼ばれ、暮れていく日のことを忘れるほど美しい、「日暮らしの里」と言われ、現在では信じられないが、遠く筑波山を望むことが出来たという。眼下に見えるのはJR西日暮里駅。
神社入口
後ろ姿はこんなに良いのに・・
社殿前の階段
拝殿
本殿
素晴らしい彫刻の彫ってある手水舎
良い面構えの狛木鼻
花に囲まれた猛禽類の彫刻
摂社・稲荷神社の社殿と碑
双方とも吽で宝珠を乗せた渦巻きカールの江戸中狛犬
文化13年(1816)生まれの江戸尾立ち狛犬です。保存状態が良く、瘤や巻き毛なども良く残っています。ドッシリと落ち着いた感じは良いのですが、彩色はない方が良いのでは?