天祖神社

足立区加平3-5-2 (平成28年2月11日)

東経139度49分52.18秒、北緯35度46分31.95秒に鎮座。

【神社情報・来戸さんより】
東京メトロ千代田線「北綾瀬」駅より徒歩10分弱の所に鎮座しています。

御祭神 天照大神

御由緒
安土桃山時代後期文禄年間(1592〜1595)に伊藤氏の遠祖伊藤嘉兵衛が神奈川県稲毛領より白馬に跨り神明宮のご神体を奉持しこの地に着き、荒蕪地であったこの辺りの一帯の新田開発に尽力、その功により「やむら」といわれていた地を「嘉兵衛新田」と呼ぶようになり昭和7年(1932)迄正式地名として続いた。
伊藤氏の屋敷神であった神明宮をこの村の鎮守様として旧嘉兵衛新田字菖蒲沼耕地553番地に創建し、昭和42年11月区画整理事業により現在地に遷宮した。
社殿は弘化2年(1845)造営、屋根は遷宮時に萱葺から銅板葺から瓦葺と葺き替えられた。
当所称号を神明宮とお呼びしていたが、明治2年維新により神社仏閣に対する政策変更を機に天祖神社と改めた。
摂社として稲荷神社(西加平1丁目)が有ったが昭和29年宗教法人法の施行により、西加平神社と改称分離独立した。
五穀豊穣、無病息災、家内安全等々を祈願する住民の厚い信仰心に支えられている。
境内案内板 より

嘉兵衛新田の鎮守で祭神は天照大神です。もともと嘉兵衛新田の開発を進めた伊藤嘉兵衛の屋敷神を1610(慶長15)年に、村の鎮守として祀るようになったと伝えられています。1869(明治2)年に称号を神明宮から天祖神社に改めました。
1954(昭和29)年に宗教法人化したことをきっかけに、旧嘉兵衛新田の綾瀬川以西の氏子は、西加平の稲荷神社の氏子として分離しました。
かつては現在の加平2丁目16番にありましたが、1967(昭和42)年、区画整理により、社殿・拝殿を現在地に曳社移転しました。

悪魔祓いの獅子舞
1955(昭和30)年頃まで、7月17日には幼稚園児から中学生までの子どもたちにより、悪魔祓いの獅子舞が行われていました。
年番の大人がつき、御幣を持ったお祓い役の子供たちを先頭に、男太鼓と女太鼓が続き、その後を獅子頭をかぶった子ども、獅子の裾をもつ子ども、その後に行列をつくって、午前中は東加平、午後は西加平を悪魔払いしながら廻りました。獅子とその裾をもった子どもは、裸足のまま家の中に入り、悪魔祓いの舞を舞いました。
「ブックレット足立風土記花畑地区」より

入口、一の鳥居

境内

手水舎

二の鳥居

厳つい岡崎型狛犬
(昭和44年(1969)4月吉日建立)

拝殿

本殿覆屋


稲荷神社

石祠右・三峰神社&改築記念碑、他不明