北三谷稲荷神社

足立区東和2-5-24 (平成31年2月22日)

東経139度50分39.16秒、北緯35度45分50.28秒に鎮座。

【神社情報・来戸さんより】
常磐線(各駅停車)、亀有駅北口より徒歩10数分の所に鎮座しています。三谷稲荷神社から北5q程の位置になります。

御祭神 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)/倉稲魂尊(うがのみたまのみこと)

由緒
安土桃山時代から江戸時代初期の、豊臣秀吉から徳川家康が治世していた慶長年間に、名主「常七」が当地を開墾して守護神として稲荷神社を建立したと伝えられています。初めは村の北方の"水田の中"に建てられたので「田中稲荷」と称されていました。
その後、第5代徳川将軍「徳川綱吉」の治世の元禄年間、人形浄瑠璃や元禄歌舞伎が盛行で町人文化が華やかになった頃に、宝蔵寺(現所在地の隣)より寄進され、現在の所在地に遷されました。その際、宝蔵寺の守神として伏見稲荷の主神の宇迦之御魂命(うかのみたまのかみ)を勧請して祭るようになったと云われています。
本殿(建立時期は不明)は覆堂(1971年建之)中にあります。拝殿は1937年に建てられ、1971年に大修理が行われました。
鳥居は江戸時代後期、第11代将軍徳川家斉の頃の1789年(天明9年)に建てられた本殿寄りの鳥居と、1931年(昭和6年)に建てられた鳥居があります。
常夜燈は1834年(天保5年)に建てられ、手洗鉢は1835年(天保6年)に建てられ、石灯籠は1929年(昭和4年)に建てられました。
いずれも東和一丁目自治会(とういち)HP より。

入口

社号標等

鳥居

神額。三井親和書。 4天明9年(1789)
三井親和。深川に住んだので深川親和とも称された。

手水舎

参道脇

境内

お狐様

祭具庫?

拝殿

賽銭箱

向拝竜と木鼻の獅子。
屋根上のお狐様

渡殿、覆堂


水神宮

手水石
江戸時代には古隅田川、綾瀬川を利用して、浅草正面から下肥を運ぶことが盛んでした。
古隅田川沿いのこの水神宮は水運の安全を願って、境内に祭られるようになりました。
現在祭典は稲荷神社の祭礼に合わせて行われています。

すぐ裏手の寳藏寺前の笠森稲荷