栃木市大平町富田1647 (令和7年5月13日)
東経139度42分01.23秒、北緯36度20分13.29秒に鎮座。
【神社情報・「狛犬さがし隊Kさん」より】
この神社は、JR両毛線・大平下駅の南500m程の辺り、大平町富田の街中に鎮座しております。
御祭神
由緒
往昔、千種の里と呼ばれたこの地に、皆川氏の一族である富田氏の居城富田城(富田中根城)が築かれた永享年間(1429〜1440)城内に牛頭天王として祀られたのが、素盞鳴命を主祭神とあおぐ当八坂神社の始まりと伝えられている。その後、江戸時代の寛永17年(1640)3月22日に牛頭天王は現在の地に移創された。正保年間(1644〜1647)富田の地は日光例幣使街道が整備されると、奉幣使や日光社参の諸大名、秩父火消同心やその他の諸役人、一般人の往来が頻繁となり、その宿場町として繁栄をきわめたが、享保8年(1723)10月、宿内に恐ろしい疫病が流行した。このため氏子たちは一致してその撲滅のため協力しあい、神輿を新調して宿内を巡行。これを退散せしめたのであった。
時代は下って明治元年(1868)牛頭天王は八坂神社と改称し、同26年(1893)に富田全域の総鎮守となり今日に至ったが、その間由緒ある神輿は、永い年月を経たことから、老朽化が著しい状況を呈するようになった。
そこで、このたびこれを新調するため、氏子の皆様の浄財をご芳志いただき、ここにめでたく新しい神輿が完成と相い成ったのである。以上の由来と、この偉業を後世に末長く伝えるとともに、これを記念してこの碑を建立するものである。
境内由緒書き より。
神社入口
拝殿
拝殿前の狛犬
(昭和15年(1940)建立)
屋根上の飛狛
鳥居・社務所建設記念碑