酒盛稲荷神社

佐野市堀米町(平成17年8月31日)

【狛見倶楽部 佐野支部 クマちゃん通信員より】
8月末に見てきた面白い名前の神社を御報告致します。小さな神社で、狛犬さんはいませんでした。地区の公民館が同じ敷地内にあります。郷土史家の京谷博次さんが書いた「佐野周辺見てある記 わが町さんぽ」という本を読んでいたら、堀米町の酒盛稲荷について書いてありました。酒盛とは面白い名前です。私、アルコールが苦手なのですが、見るだけなら大丈夫と思って行って来ました。以下は、本に書いてあった内容です。
 『この神社には、黒田、岡見、徳力という三人の人間が副祭神として祀られています。それには、こんな話があります。今は大分住宅も出来てきましたが、昔は大芝原といってアシやヨシが茂る湿地でした。ここを開拓しようと立案し実行したのが、前記の三名であった。彼らは彦根藩堀米陣屋の役人でした。1853年、彦根藩主井伊直弼は、日光東照宮の帰り、佐野領を巡視した。その折、ここ大芝原を訪れ、一面の荒地を沃野に変えた人々の努力に、葵紋の付いた菓子器を贈り、その労をねぎらった。3月26日のことである。翌年、開拓の功労者であった田中金平は、江戸に出て、黒田、岡見、徳力ら三名を、稲荷と併せて祀る許可を彦根藩から得たのでした。』
佐野の一部が、彦根藩の領地だったことは知っていましたが、この辺がそうだと思っていませんでした。調べてみると、十五ヶ町村(天明、小屋、堀米、犬伏、富士、大栗、韮川、越名、出流原、栃本、上多田、吉水、閑馬、上彦間、下彦間)の一万七千石が、彦根藩の領地だったそうです。約150年前、ここから井伊直弼公が見たのは、春の田んぼでした。このあたりを見たのかなと思いながら、夏の終りの田んぼを見てきました。近くの菊沢川に架かる橋に、「大芝原」の名前が付いているのを見つけ、ちゃんと昔の名前を残しているのだなあーと感心してしまいました。

この神社は佐野駅の北北西1.5km程の堀米町に鎮座しているようですが、地図に記載が無く正確な場所の特定は出来ませんでした。それにしても面白い名前の神社ですね。このお稲荷さんのいわれが知りたいものです。熊さんは苦手のようですが、我が夫は毎晩のように一人酒盛りの状態ですから、機会をみて参拝をしたいのではなかろうかと思われます。

社号標

仲良く並んだ社殿

菊沢川に架かる橋

大芝原の名が残った橋名

先人のご苦労が実った豊かな田園風景