赤見城跡内神社

佐野市赤見町町屋(平成17年6月26日)

赤見城跡は足利市との境に近く、治承2年(1178)足利俊綱が築城して養和元年(1181)いったん落城し、建久元年(1190)戸賀崎義宗が城主となり、城を再興しました。その後、永禄2年(1559)佐野氏の領有となってからは、足利方面への抑えとして義宗の子孫である赤見氏が居城しましたが、慶長6年(1601)廃城となりました。本城は方形の平城で、現在は本丸南部に赤見城保育園が立ち、西・北・東には、本丸を囲む土塁と水堀が良く残っています。(佐野市HPより)という城跡の土塁の上に、朽ちかけたこれらの小さい社殿が建っていました。おそらく赤見城の守護神をお祀していたものと思われます。

赤見城跡石碑

本丸を囲む土塁。ネットの後ろに社殿がありました。

朽ちかけた小さい社殿。神社名は分かりません。

かっては本丸、今は赤見城保育園を囲む土塁