織姫神社

足利市西宮町3889(平成20年10月2日)

東経139度26分53.38秒、北緯36度20分9.85秒に鎮座。

【狛見倶楽部 佐野支部 クマちゃん通信員より】
神社は、桐生岩舟線(67号線)を桐生方面に向かい、織姫交番前信号を右折すると正面に見えてきます。足利赤十字病院の前を通って、車でも行くことが出来ます。狛犬は最初が昭和11年、次が年代不明でした。社殿、神楽殿、社務所、手水舎は国登録文化財です。境内に「秋の名月を楽しむ夕べ」のポスターが貼ってありました。神社から足利市内がよく見渡せます。写真に写っている山は、浅間山(ぺたんこ祭)、橋は渡良瀬橋(森高千里さんが歌った)です。「秋の名月を楽しむ夕べ」のポスターが貼ってありました。月見にも絶好の場所です。
織姫神社本殿の裏には、大山阿夫利神社があります。階段の途中に、「いのししに注意」の看板がありました。こんな場所にも出てくるようです。狛犬は居ませんでした。

当織姫神社の祭神は、太古の昔より機織を司る天御鉾命(あめのみほこのみこと)、天八千々姫命(あめのやちちひめのみこと)の二柱の神様です。この二柱の神様は、もともとは皇太神宮御料の織物を織って奉納したという、伊勢国渡会郡出井の郷、御織殿の祭神でした。千二百年余の歴史と伝統を誇る足利全産業の守護神として、この二柱の神を勧請、その分霊をお祭りしたのがこの織姫神社です。記録によりますと、明治十三年頃より、経糸・緯糸の縁結びの神として、織姫山の中腹に鎮座していた社を、昭和九年春、崇敬者有志を持って織姫神社奉賛会を組織し、さらに上部の山腹を広域境内として整備の上、社殿の再建に着手しました。昭和十二年五月現有社殿の威容が三年余りの歳月をかけて創建、完成しました。また、平成十六年六月には、国の「登録有形文化財」として登録されました。
栃木県神社庁より。

もう十年も昔だろうか、足利七福神巡りでこの神社に参拝しているのですが、カメラを持っていなかったので写真は無く、懐かしく、思いながら、これを書いています。当時も朱の社殿が綺麗な、織物のまち足利の守護神を奉った、足利のシンボルともいえる神社です。

神社入り口

神社は明治12年(1879)8月24日に通4丁目の八雲神社から織姫山に遷座したが、明治13年(1880)9月10日に火災により焼失。しばらく仮宮のままであったが、昭和9年(1934年)に再建事業を開始し、昭和12年(1937年)に現在の社殿が完成した。その時の碑文、拡大写真はこちら。

立派な昭和岡崎が睨みを利かせています。

(昭和11年(1936)建立)

こちらも招魂社系で逞しい狛犬です。

拝殿

拝殿と本殿

社務所と神楽殿

昭和12年(1937)小林福太郎設計の社殿全図

御神木スダジイと観月の看板。高台の為眺めはきっと良いと思います。

浅間山と渡良瀬橋