若宮八幡宮

焼津市中里1000(平成19年11月25日)

東経138度18分53.2秒、北緯34度52分45.96秒に鎮座。

 この神社は朝比奈川左岸に鎮座しています。静かな杜に囲まれた由緒ある神社です。

 由緒:寛永6年(1629)彦根城の殿様であった井伊直孝公は、自分の生まれた所が中里であることを知って、村の社に八幡宮をお祀りしたと言います。八幡宮に残る棟札がその証として残っています。この棟札は焼津市の書跡・有形文化財となっています。
 この社の大祭は「神ころばしと七十五膳」といわれ、3年に一度執り行われます。神事は七十五膳を神前に供えるのに並行し、朝比奈川の清流で身を清めた氏子の若者有志によって行われる祭りで、ムシロに包まれた若者が境内で転び、そのあと勇ましいかけ声とともに境内を練り廻るのだそうです。
 創建者の井伊直孝公(1590〜1659)は江戸初期の幕府重臣です。幼名弁之助。直政の庶子で駿河国藤枝に生まれました。父の死後、慶長8年(1603)14歳のとき徳川秀忠の小姓となります。書院番頭・大番頭を歴任して1万石を領し、掃部頭となりますが、兄直勝が多病のため大坂の陣に出陣して軍功をあげ、徳川家康の命により家督を相続しました。終身江戸に在住し家光・家綱政権の枢機に参与しました。

神社入口 入口に架かる神橋
建立時に架けたと思われるこの石橋は、市指定有形文化財となっています。
拝殿
拝殿屋根上の瓦材飛び狛ちゃん
ふくよかないい顔をした完品です。
玉垣に囲まれ、独立した形の本殿
寛永6年(1629)建立の一間社流造、銅板葺です。
境内社 境内社左から・
秋葉神社、白髭神社、大井神社、社護神社