多久神社

出雲市多久町274 (平成24年9月2日)

東経132度51分04.68秒、北緯35度28分05.94秒に鎮座。

 この神社は多久町を東西に通る宍道湖北部広域農道十字路から約600mほど北上した山の端に鎮座しています。
 道路上に一の明神鳥居が立ち、一般道と共用の参道を150mほど進むと、途中に二の両部鳥居が立つ石段参道が有り、境内まで結構な数の石段を上がる事になります。境内入口には出雲構え獅子がおり、正面に拝殿・本殿が建立されています。又境内社も二社丁寧に祀られていました。何より嬉しかったのは、境内片隅に先代さんが仲良く置かれていた事で、こういう事からも出雲の人達の崇敬心の深さを感じます。

御祭神:多伎都彦命、天御梶姫命、合祀神:猿田彦命 鈿女命(拝田神社)
祭礼日:11月3日・例大祭、他に恒例祭6回
境内社:客神社、若宮神社
由緒:延喜式内社 出雲風土記所載
旧社格 郷社 明治4年7月列格
 猿田彦命、鈿女命は拝田神社(字持田)の祭神であったが、明治39年12月30日本殿に合祀された。
 延喜式神名帳並びに出雲風土記に多久ノ社、楯縫郡多久村大布彌大明神と記され、今で云う大船山の嶺の西に「石神あり、高さ一丈、周り一丈ばかり、側に小石神百余ばかり」古老の伝え云うには「阿遅須択高日子ノ命の后、天御梶日女命が多久村においでになり、多伎都彦命を産み給うた聖地である。即ち、所謂石神(烏帽子岩)は多伎都彦之命の御魂であり、旱にあいて雨を乞う時は必らず零らせたまえり」と記されている。

神名樋山と簓神事
 出雲風土記にある四つの神名樋山の一つである。大古神様をお迎いし、斎場としてふさわしい清浄で最適の勝地で、秀麗な山であり海が見えることが条件であった。この神名樋山が大船山であり、多伎都彦命を祀る御社はこの麓にある多久神社である。
 その昔、大船山麓まで海であった。遥か彼方近江国より、松本一族を始め大衆が大船大明神を供奉して、多久の郷へ大波小波を乗り超えやっとの想いで辿り着いた。その昔を偲ぶため鼓と簓などを用いて音を擬し、簓舞神事(昭和49年県無形文化財指定)として今日に至っている。この神事は、毎年例祭前夜と当日の二回行なわれ、石広、小北、湯屋谷尻、宮脇、新屋敷、大西、羽根屋、廻ノ奥の八軒の家で奉仕されている。
平成13年10月



道路上に立つ一の明神鳥居
一般道と共用の参道
石段参道
石段途中に立つ二の両部鳥居
境内へと続く石段参道
境内入口
境内入口に居る出雲構え獅子
狛犬の拡大写真はこちらで
(平成7年(1995)11月吉日建立)
境内の様子
横に広い拝殿
拝殿内の様子 拝殿内に掛かる額
「多久神社 合祀拝田神社」
本殿

境内社:客神社 境内社:若宮神社

お疲れ様〜
境内脇に仲良く置かれた先代さん
狛犬の拡大写真はこちらで