加茂神社

近江八幡市加茂町(平成17年3月23日)

この神社は御狩野之杜という檜の大木の生い茂る広大な自然林を背後に控え、又ご神木の大杉も見事な大木で、本来ならばとても落ち着いた環境で、神域に居るときに感じる安らぎの気分を味わえるはずの神社なのですが、境内に色々な物が有りすぎて雑然とした雰囲気が拭えません。由緒、御祭神は下記にてどうぞ。

(明治40年5月建立)

神社入口。
もうここから色取り取りの幟が
はためいています。

境内の様子

ご神木の大杉と
  拝殿

本殿正面

覆い屋に覆われた本殿裏から

御狩野之杜
此処には遊歩道もあり散策には適当な広さです。この森の中では太古の昔からの生命の息吹の様な物を感じます。赤く見える木肌は檜皮葺の材料となる檜の皮を剥いだ跡です。

非常に変った狛犬で、阿は玉取、吽は子取りです。拝殿と本殿の間だの目立たない場所に前を塞がれた格好で置かれているのでもう少し設置場所を考えて頂けたら・・・と思いました。

由緒と狛犬の拡大写真はこちらで

御祭神
賀茂建角身大命、賀茂玉依比賣命、賀茂別雷神、火雷命
加茂神社の歴史
古く近江に都が置かれた頃、天智天皇(668年頃)は馬事の振興を目的に、全国にある皇室の御領地の内の三カ所に日本初の国営牧場を建設されました。
その一つが現在の滋賀県の近江八幡市牧・加茂町一帯でありました。牧町の昔の浜は、現在の町の付近にあり、そこには輸送に便利な入江があり、また加茂町一帯は高台であり、付近は草原になっており、非常に馬の調教に適しておりました。
当社は「御猟野」(みかりの)とも言われ、男性が馬の調教の為に小動物等の猟を行い、女性が薬草を刈っておりました。この狩り(刈り)を行う場所と言うことと、皇室の御領地にあったことから御猟野と言われたのであります。
この様に周辺は馬の調教や薬草の生息する肥沃な土地柄でありました。 そして、時代は流れ、元正天皇(715年頃)は養老元年(717年)、この肥沃な大地〔馬の放牧場〕にこの辺り一帯の守護神社を建設するべく、時の田守吉備真備(後には右大臣)に命じ、日本建国の道先案内の守護神である『京都の下・上両賀茂神社』の御分霊社を建設する場所を選定させ、それを奏聞(報告)されました。
その後、聖武天皇(724年頃)は天平8年(736年)京都の下・上両賀茂神社の神を迎え、荘厳な社殿を建設し、この辺りの放牧場等の守護神としてご創建になりました。
宮中で正月の競馬会節会(競馬の最高のお祭り)が武徳殿の前庭で行われていたのが、京都上賀茂神社の馬場で行われ(賀茂競馬)るようになると、後白河上皇(年代不明)は、皇室の御領地でありましたこの地を競馬料指定とし、上賀茂神社の賀茂競馬(競馬界の最高の祭典)の為には欠かせない地域となりました。
この行事のため全国20ヶ所が選定されておりますが滋賀県(近江の国)はここだけであります。
この御猟野の賀茂神社では、古来から競馬は行われていた様でありますが、この頃より当社でも京都の賀茂競馬に倣い、古式の競馬行事の形を継承する為、行われるようになったのであります。(古文書にも記載されております)
京都の上賀茂神社で行われる『賀茂競馬』の行事で「足駄走馬」と言うのがありますが、これは「賀茂競馬」の前の馬の具合(優劣)を決定する行事であります。この行事が当社では五月に競馬行事として行われております。
いわゆる、京都の上賀茂神社の『賀茂競馬』に出場するための馬を決定する行事であります。これは当社では『足伏走馬』と言っております。(推測するに「駄」が時代と共に変形し「伏」となったものと思われます。)この行事で優勝した馬は京都の賀茂競馬に出場できると言う名誉が得られたのであります。
他の神社で行われた競馬では出場できず、当社で行った競馬での優勝者だけができるのであります。 この足伏走馬はこの辺りでは「賀茂競馬」と言われておりました。江戸時代の画家で「山中東江」画伯が多数の絵画で紹介されておりますが、全く京都の賀茂競馬の衣装と寸分違わず行事が行われていたことが、詳細に渡り記されております。
当社の古文書にはこの他にいくつかの競馬行事が行われており、草競馬や正月の白馬節会(神様へ馬をお見せする行事)等、多彩に行われていた様です。 天智天皇の頃より馬の心(魂)に触れ、馬の伝統を永く、そして今も変わらず守り伝えているのは、全国を見てもここだけであり、全国随一の馬や馬事関係者の方々の守護神社であります。
江戸時代以降、各神社で馬場を作り、競馬を始め、馬にまつわる行事が多くの神社で行われておりましたが、これはその当時のブームであり、神賑わいの行事として行われていたものであり、馬の守護神社とは無縁のものであります。
千三百余年もの馬との歴史を持つ土地柄と、全国的に極まれな「古式による競馬行事」が脈々と受け継がれ、全国的に見ても、馬の心と人の心の寄り集まった神社は当賀茂神社を除いて他にはないものと存じます。(加茂神社HPより)