和泉三社

さいたま市岩槻区鹿室1001 (令和3年3月27日)

東経139度42分15.91秒、北緯35度59分13.37秒に鎮座。

この神社は、東武野田線・東岩槻駅の北3.5km程の辺り、鹿室の街中に鎮座しております。

御祭神 大鷦鷯命(仁徳天皇)・去来穂別命(履中天皇)・蝮之水歯別命(反正天皇)・木花咲耶姫命

由緒
鹿室の南端近くの畑の中に鎮座する当社は「風土記稿」鹿室村の項に和泉三社明神社、祭神詳ならず、慈恩寺村慈恩寺塔中遍照院の持」と載り、古くから村全体で祀られてきた神社である。社名の由来や勧請の経緯については伝えはないが「明細帳」や「郡村誌」では、御祭神の三柱とされており、これらの三柱の陵墓はいずれも和泉国大島郡(大阪府堺市)にあることから「和泉三社」の名称は、祭神となった天皇の陵墓にちなんだものと思われる。「明細帳」や「郡村誌」は、「宝暦2年壬申(1752)8月6日鎮座すとある神祇官領卜部兼雄請文」があることを記しているが、残念ながらこの文書は現存せず、江戸時代の祭祀に関するものは残されていない。明治6年(1873)に村社となり、大正2年(1913)10月10日に地内にあった無格社浅間社を合祀し、これにより祭神に木花咲耶姫命を加え、現在に至っている。
また、各耕地を組と称し、東(お諏訪様)、薄倉(稲荷神社)、上(雷電神社)、宿(不動様)をお祀りしている。境内地には、宝永5年(1708)銘の力石や宝暦9年(1759)銘の稲荷社など江戸時代の石造物があり、神社の創立も従来伝わっている時期より遡ると考えられている。
境内由緒書き より。

参道入口

入口左右の狛犬。拡大写真はこちら。

(年代不明)

二の鳥居

拝殿

拝殿前の狛犬。拡大写真はこちら。

(明治15年(1882)壬午8月建立)

拝殿内部

本殿覆屋


石碑