八坂神社

久喜市栗橋北2-15 (平成17年10月16日)

東経139度42分16.02秒、北緯36度8分23.98秒に鎮座。

この神社は、栗橋駅の北東約1.2km、利根川近くに鎮座しています。由緒には慶長年中(1596〜1614)に利根川の洪水時、元栗橋の神興天皇様が流されて来て、その周りを鯉、鮒、泥亀などがいっぱい取りまいて、さながらお神興を護っているようであったので、これを勧請した旨が書いてあります。栗橋宿の総鎮守としてこの町の歴史と歩みを共にしてきたこの神社の御祭神は素盞鳴尊で、牛頭天王社といわれていましたが、明治時代になって八坂神社と改称されています。毎年7月の第3土日に「天王様」と呼ばれる祭りを行ないますが、文久3年に作られた神輿は関東三大神輿のひとつといわれ、栗橋の夏の風物詩となっているそうです。社殿前には鯉の彫刻が置かれていて、それには「除災の鯉」と「招福の鯉」と掲げられ、また浪除八幡宮、水神社などの境内社もあり、この地方がいかに水・利根川に深い関わりがあるかをうかがい知ることが出来ます。境内には樹齢300年以上のケヤキもあって県の「ふる里の森」に指定されています。

栗橋町総鎮守 八坂神社縁起
御祭神 素盞鳴命
慶長年中利根川洪水ノトキ水溢を防カントテ、村民等堤上ニ登リ居タリシニ、渺々タル水波ノ中ニ鯉魚ト泥亀トアマタ囲ミ神璽ト覚ホシキモノ流レ来レリ。引キ上ゲ見ルニ全ク御神像ニテ元栗橋ノ天王ナルコト集ヘル村民等モ見、認メ得タリシカバ、衆庶皆奇異ノ思ヒヲナシ、カゝル乱流ノ中ニ傾覆ノ患ヒモナク鯉魚泥亀ノ類囲テ當所ニ流レ来ル事ハ、之レ神霊ノ然ラシムトコロトナレ。則爰ニに勧請ス。
元和年中、當地開墾栗橋宿ト称シ奥羽日光両街道ト定メラレ、衆庶集マル為鎮守神社益々殷賑ス
編武蔵風土記 原文はこちら。

神社入り口と一の鳥居

二の鳥居

江戸時代(1700年代か)と思われるかなり凝った狛犬ですが、吽の前に大きな青木が立ちはだかり、そのままではご尊顔を拝することが出来ません。何とか青木を脇に寄せたりしてここまで写しましたが、前方だけは太い幹に阻まれ、頭のてっぺんだけの写真となってしましました。整った顔立ちで、彫りが深く、尚かつ滑らかな鬣の表現など一級品と思われます。拡大写真はこちら。
(年代不明)

拝殿

除災乃鯉 招福乃鯉
狛犬ならぬ狛鯉か。しかし由緒書きにご登場の泥亀は何処に?

本殿


八幡神社 皇太神宮
日吉神社・山王社
稲荷神社
秋葉神社
お手水にお祀りされた境内社・水神社

ふるさとの森

ご神木

樹齢300年以上の大ケヤキ