鴻巣市本宮町1-9 (令和6年11月4日)
東経139度30分50.09秒、北緯36度03分35.35秒に鎮座。
【神社情報・「狛犬さがし隊Kさん」より】
この神社は、JR高崎線・鴻巣駅の北北東500m程の辺り、本宮町の街中に鎮座しております。鴻巣の地名のいわれとされる「こうのとり伝説」を今も伝える鴻巣の総鎮守です。
御祭神 素盞鳴尊・伊弉岐命・伊弉冊命・速玉男命・事解男命・別雷命
由緒
鴻神社は明治6年(1873)にこの地ならびに近くにあった三ヶ所の神社を合祀したもので、もとは鴻三社といった。三社とは次の神社である。
氷川社・・・・鴻巣宿字本宮390番地(宮地5丁目)
鴻ノ宮氷川大明神あるいは端ノ宮(ハジノミヤ・ハタノミヤ)ともいい、鴻巣郷総鎮守として崇敬された古社であった。氷川社の神額は現在も鴻神社に残されている。
熊野社・・・・鴻巣宿字本宮389番地(宮地1丁目)
熊野権現と称していた古社で氷川明神を端ノ宮と称したのに対し中ノ宮と呼んだ。合祀前は社地3000坪を有し、巨木におおわれた森林であったという。
竹ノ森雷電社・・・・鴻巣宿字東側2283番地(現在地)
雷電社は現在地に鎮座していたもので、「竹ノ森」の名があるように付近には竹林が広く存在し、巨木と竹林によって囲まれた古社であり、天明期には遍照寺(常勝寺末)持となり、鴻巣宿の鎮守として崇敬されていた古社であった。
現在の鴻神社社地は竹ノ森雷電社の社地だったもので、合祀決定後、社殿の造営が行われ、明治6年(1873)9月24日に社号を鴻三社と定めた。
明治35年(1902)から40年にかけてはさらに鴻巣町内に所在した日枝神社、東照宮、大花稲荷社、八幡神社を合祀して明治40年(1907)4月8日、社号を鴻神社と改めて現在に至っている。
ここには鴻巣市の文化財に指定されている「香具拾三組御定免」「議定書」「商人講中連名帳並焼印」等貴重な史料が残されている。
境内由緒書き より。
参道入口と社号標
参道
参道左右の狛犬。拡大写真はこちら。
(石工師 伊藤群鴻 昭和3年(1928)建立)
拝殿
屋根上の飛狛
鴻と御神卵