氷川神社

鴻巣市下谷484 (令和6年11月4日)

東経139度32分38.30秒、北緯36度03分03.70秒に鎮座。

【神社情報・「狛犬さがし隊Kさん」より】
この神社は、JR高崎線・鴻巣駅の東南東3km程の辺り、下谷の街中に鎮座しております。

御祭神 素盞嗚尊

由緒
鎮座地の下谷は、『鴻巣宿深井家譜』に「六郎次郎景高下谷にて戦死」と見え、かつて地内にあった熊野社の天正11年(1583)の鰐口の銘にも「武州上足立下谷宮」と彫られていたように、戦国期には既に開発され、一村をなしていたと思われる。その後、元禄年間(1688-1704)までに北下谷村・中下谷村・南下谷村の三か村に分かれ、明治4年(1871)に再度合併して一村になった。
この下谷全体の鎮守として祀られてきた神社が当社であり、『風土記稿』南下谷村・中下谷村・北下谷村の項には「氷川社 南下谷にあり、三村の鎮守なり」と記されている。当社の境内は、実際には北下谷の地内にあるため、この『風土記稿』の記事の中の「南下谷」は、「北下谷」の誤りではないかと思われる。
一方、『明細帳』によれば、当社は宝永7年(1710)に再建され、明治6年(1873)村社に列せられたことや、同8年(1875)1月5日に焼失したが同年5月5日に再建されたこと、明治40年(1907)に西中曾根の村社氷川社など6社を合祀したことなどがわかる。その後は、昭和28年(1953)に拝殿と本殿覆屋が新築された。更に昭和41年(1966)には、台風で参道の両側に並び立っていた杉の大木のほとんどが倒れてしまったが、後に植樹が進められ、現在は立派な杜となっている。なお、祀職は明治期から千葉松彦-松村秀清-伊藤千代守-桜井清-桜井守年と継いでいる。
境内由緒書き より。

路傍の案内

参道入口

拝殿

拝殿前の狛犬。拡大写真はこちら。

(平成18年(2006)7月吉日建立)

狛犬奉納記念碑

神額


日枝神社

境内社