弁天社

神埼郡吉野ヶ里町吉田 (平成29年4月3日)

東経130度24分50.35秒、北緯33度20分04.17秒に鎮座。

この神社は、JR長崎本線・吉野ヶ里公園駅の北東3km程の辺り、吉野ヶ里町吉田の街中に鎮座しております。

御祭神 厳島姫神

由緒
後水尾天皇の御代、寛永7年(1630)庚午月日は不詳だが、吉田村金乗院の開祖権僧正玄純一時の夢みて、天女が現われ告げるに精舎開剏しようと欲するなら南に往けば大法の紹隆する地があると。一日玄純夕に向かい南に往くに広々とした平野に出た。悦乎として夢でみた天女の指示した処はこの地と思い、このことを国主に申し上げた。国主大いに喜んで、乞を入れてその地を与えた。そこでその伽藍の地に天女をまつり法城の守護神として弁財天と称した。寛永9年(1632)創建は寛永年間(1624〜1643)島原の乱前と思われる。その後戦禍により堂宇焼失。文政9年(1826)再建され神社拝殿の古い彫刻は当時の作と推定されています。
弁天社は金乗院の護神として、祇園社は民の福利と厚生を祈って建立したものであります。昭和2年(1927)9月桜馬場の一角、商店街に遷座せられた桜の名勝に一役趣きを添えられましたが、飛行場建設の軍令にしたがって昭和18年(1943)4月この地に帰られました。仏典に弁財天は梵天王の妃にして知徳、弁舌、福徳、音楽の利益を授ける、琵琶を弾じている美しい女神で、七福神のひとつとして祀られています。因って由緒尊き神の加護を受け氏子の崇敬益々篤く今日に至っています。
境内由緒書き より。

神社入口

神額

境内

拝殿前の狛犬。拡大写真はこちら。
(天保4年(1833)癸巳4月吉日建立)

拝殿

拝殿内部

本殿


末社