日吉神社

佐渡市上新穂井内(平成19年4月30日)

 この神社は井内地区から新穂ダムに向かう道路に入口があります。本当は大野の日吉神社を探していたのですが、道に迷いウロウロしていて井内地区に入ってしまい、土地の古老に「日吉神社を探しているのですが…。」とお聞きしたら、この社への行き方を教えて下さいました。(そこでとうとう大野の日吉神社の参拝は出来ませんでしたので、この次はぜひ捜しだし参拝したいと思っています。) 古老によると随分奥に鎮座しているようなお話だったので覚悟していったのですが、程なく道路脇に社号標が建っていました。そこから更に数十m奥にはいると、森の中に小さな車が1.2台置けるスペースが有り、そこが本格的な参道入口になっています。自然林の気持ちの良い森の中に緩い階段の参道が続き、朱の両部鳥居を潜ると平坦な参道となり綺麗な桜の花も咲いていました。やがて陽の当たらない鬱蒼とした古木の中に境内が見え、ほのぼの狛犬が護る向拝の無い拝殿が建っています。森林浴気分の味わえる良い参拝が出来ました。

 御祭神:大山咋神、八王子権現(五男三女神)
 例祭日:4月12日〜14日(日吉神社7社による大祭・山王祭)
 由緒:順徳上皇が佐渡に配流されて後、随臣蔵頭池清範は、上皇が日頃崇拝しておられた近江の日吉大社に詣でて、佐渡におられる上皇に後鳥羽上皇の御密旨を伝えさらに速やかに帰京できるように祈願し、奉賽として神霊を佐渡に分霊することを誓いました。そして鎌倉幕府の許可を得、佐渡に下り上皇に申し上げたところ、上皇もこれを許し、嘉禄二年(1226)山王七社を創建しました。
 現在で言うところの「日吉(山王)七社」とは、比叡山に鎮座する延暦寺の守護神で、大宮・二宮・聖真子・八王子・客人・十禪師・三宮の七社を指します。この社は、その第四の社・八王子権現(五男三女神)を祀る社で、八王子とは、牛頭天王の子供の総称(五男三女神)とも、天照皇大神の子供の総称(五男三女神)だともいわれています。江戸時代までの別当は井内村神宮寺でしたが、明治初期に分離され、日吉神社と改称、明治40年には青木村八王子権現を合祀しました。
 上記のような創祀が伝えられていますが、中世この辺りは近江国山王権現の荘園という記録もあるようですから、そちらの関係からの勧請と言うことも考えられるのではないでしょうか?

社号標「村社 日吉神社」 緩い階段の参道
参道途中の朱の両部鳥居 境内の様子
大正5年生まれのほのぼの狛犬
阿には多分後で誰かが付け足したと思われる子狛がお腹の下にいます。やや上向きで、太いゲジゲジ眉毛で獅子っ鼻、やや楕円の優しい目をした狛犬です。鬣や尾の毛の彫り方が深い狛犬ですね。
狛犬の拡大写真はこちらで
(大正5年(1916)8月建立)
向拝の無い拝殿
拝殿内の様子

本殿覆い屋 拝殿前から境内入口を振り返る