香具波志神社

大阪市淀川区加島4-4-20 (平成25年12月8日)

東経135度27分35.87秒、北緯34度43分43.14秒に鎮座。

この神社は、JR東西線・加島駅の北東600m程の辺り、淀川区の北西部、神崎川沿いの町中に鎮座しております。

御斎神 宇迦之御霊神・保食神・天照皇大神・稚産霊神・埴山姫神・住吉大神・八幡大神

略記
平安時代の天徳三年(959)に御奉斎申し上げた宇迦之御霊神(穀物の神)、保食神(食物の神)が当神社の始まりの神様です。後に、天照皇大神(日照の神)稚産霊神(結実と生産の和合の神)埴山姫神(土地の神)を御奉斎申し上げ、香具波志稲荷大神として尊崇されました。淀川水系、猪名川水系の川の港、中国街道の要衝として氏子地域が繁栄し始めた鎌倉時代には、住吉大神(海や河川の神)、八幡大神(海運の神)を併せて御奉斎申し上げるようになりました。
境内由緒書き より

神社入口

神門

社額 社号標

神門

拝殿

あまり浪速ぽっくない精悍な狛犬。拡大写真はこちら。
(寛政7年(1795)乙卯8月吉日建立)

本殿


岩城神社

左右の狛犬
浪速らしからぬ堂々とした狛犬。拡大写真はこちら。
(大正4年(1915)4月吉日建立)
素朴な浪速狛犬。拡大写真はこちら。
(寛保3年(1743)癸亥9月吉日建立)

社殿


皇大神宮
厳島神社
八幡神社

御神木

『雨目(うげつ)物語』の著者であり国学者・歌人としても有名な上田秋成(1734〜1809)は、香具波志神社の藤氏の招きで当地に居住した。在住期間は僅か4年あまりと短いが、著作や文学者としての原動力はここで培われたものといわれており、墓も当地にある(3回忌に藤氏の墓域に建立)。
 加島鋳銭所は、この香具波志神社の北方にあった。操業期間は元文(げんぶん)3年(1738)〜寛保(かんぽう)元年(1741)までの3か年にすぎなかったが、良質の銅銭や鉄銭を鋳造し、「酒は灘、銭は加島」と喧伝された。
ウィキペディア より