阿遅速雄(あちはやお)神社

大阪市鶴見区放出東3-31-18(平成24年1月5日)

東経135度34分4.33秒、北緯34度41分7.94秒に鎮座。

 この神社は放出駅の北東約150mに鎮座しています。
 遠くからも府指定天然記念物となっているクスノキが目立ち、入口には神門が建ち、社号標には 「式内郷社 阿遅速雄神社」と記されています。崇敬者が多いのか参道脇には沢山のおみくじが結ばれ、鳥居を潜り境内に入ると右側には境内社が配され、中央の二対の狛犬が護る千鳥破風唐破風付きの拝殿前にはこれまた沢山の御神燈が吊り下げられています。拝殿の後ろには、板塀に囲まれた銅板葺春日造りの本殿。社殿脇には市指定文化財・阿遅速雄社社号標石が置かれています。
 又、入口右に立つお蔭灯篭は、江戸末期のお陰参りを記念した大阪市内に残る1基のみの灯篭で貴重品だそうです。
 市街地の中にある神社ですが、鎮守の杜が良く残され、境内の手入れも行き届いた、落ち着きのある神社でした。

 御祭神:阿金且高彦根神、八剱大神
 祭礼日:夏宵祭・7月18日、夏本祭・7月18日、秋宵祭・10月第三土曜日、秋本祭・10月第三日曜日
 境内社:護國社、道祖神社、楠木稲荷社、大将軍社、相殿社(春日大神、住吉大神、八幡大神、金刀比羅大神)、相殿社(天照皇大神、大国主大神、大歳大神)、相殿社(事代主大神、大地主大神)
 由緒:延喜式神名帳に記されている式内社で、旧社格は、郷社。江戸時代の頃は、八剣神社と称されていた。
 社伝によれば、祭神の阿遅金且高日子根神は摂津国に降臨し土地を拓き、民に農耕の業を授けたと伝わる。この地の守護神として祀られたという。
 起源は、668年(天智天皇7年)に発生した草薙剣盗難事件の際、新羅の僧・道行が草薙剣を持って船で新羅に逃げ帰る時、突然の嵐に巻き込まれ、これを神罰と恐れをなして、途中の河口に放り投げられ、その後、草薙剣は里人により拾われ、この神社に一時納められたのが創始と伝わる。そして、草薙剣は無事に熱田神宮に返還されたと伝わる。
 明治時代に浪速鉄道(現:片町線)建設の折に現在地に遷座した。
 現在も例祭日には熱田神宮より宮司か神職が参拝、熱田神宮の例祭日には、当社の宮司などが参列する慣習が現在も続いている。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

社頭
社号標
式内郷社 阿遅速雄神社」
神門
参道と明神鳥居 鳥居に掛かる額
境内
拝殿前、文政3年生まれの浪速狛犬
吽には角があり、阿吽共に垂れ耳の、とても渋い狛犬です。
狛犬の拡大写真はこちらで
(文政3年(1820)庚辰6月吉日建立)
拝殿前にいる金属製狛犬
この狛犬の年代は、台座には「草薙神剱奉斉千三百年祭記念」とあり、草薙剣盗難事件が天智天皇7年(668)に起こったことから、昭和43年の建立と考えました。
狛犬の拡大写真はこちらで
(昭和43年(1968)建立)
拝殿
本殿

境内社:護國社
境内社:道祖神社
境内社:楠木稲荷社
境内社:大将軍社
相殿社:春日大神、住吉大神、八幡大神、金刀比羅大神
相殿社:天照皇大神、大国主大神、大歳大神
相殿社:事代主大神、大地主大神
市指定文化財・阿遅速雄社社号標石
府指定天然記念物・ご神木のクスノキ
幹囲目通り 19尺2寸(約6m) 樹高 約50尺(約16m) 枝張 約98尺(約30m)
お蔭灯篭
江戸時代、約60年周期で流行した無頼なお祭り的要素の強い民衆運動・伊勢参宮お蔭参り。これに因み、街道筋には献灯されることが多く、この1基は慶応4年(1868)に建立された、現在大阪市内にただ一つ残る貴重なものです。