笠神社

笠岡市笠岡679 (平成25年11月3日)

東経133度30分41.19秒、北緯34度30分01.42秒に鎮座。

この神社は、JR山陽本線・笠岡駅から東南500m程の辺り、笠岡の南街外れに鎮座しております。当社の東1km程の辺りに応神山があり、その麓に境内があります。

御祭神 応神天皇・天照皇大神

由緒
当社の創建は不詳であるが、鴨別命が功あって笠臣の姓を賜り、当社を勧請したとも伝えられている。後にカサメと変じて笠岡となる。
正応(1288)大嘗会和歌集大蔵卿隆博の詠んだ歌に「天の下かさめの山の草木まで春のめぐみの露ぞあまねき」とある。
往古、笠目山(応神山)に応神天皇が御巡幸の際に、狩をされ一陣の風に、天皇の被っていた笠が飛び麓の松の木にかかった。その松を「笠掛の松」と呼び、そこに八幡神社が建てられた。
天文年間に第16代村上天皇の後胤村上左近大夫隆重が、古城山に城を築いてより、累代城主が当社を崇敬し、社殿を改築し、祭祀を厳重にし、永禄13年(1570)8月その式目を定め祭式及び献饌の品を規定し、御供料米3石3斗、銭3貫300文、大御供料米10石、銭10貫文白飯御供料米1石8斗、銀360目同3石6斗、銀720目等の制を設けた。
村上左近大夫隆重の書状に、「当所伏越八幡宮造立堅固候条薦其忠功云々」とある。伏越八幡宮、宮地八幡宮、東八幡等の名は笠神社の中古から慣例の古称であって、現在の笠神社は、「備中国本宮書記略」によって、社号の復旧を願い出て、明治4年正式神社名となった。
岡山県神社庁公式サイト より

応神山
笠岡市街地の東方にある標高219メートルの名山。番町の市街からみると北側に見える山。山上には応神岩(八畳岩)や六畳岩など花崗岩の巨岩・奇岩が露出しており、そこまでの遊歩道も整備されている。山上のひらけた場所に立つと、市街地や笠岡湾干拓地、さらには沖合に点在する瀬戸内海の島々を一望できる。応神岩の側面には、「應神天皇御史蹟 應神山」と刻んであり、応神山のシンボル的存在となっている。山麓には、応神天皇を祭神とする笠神社がある。
この山に関して、次のような伝説が伝わっている。「昔、応神天皇が吉備の国へ行幸され、この『笠目山(加佐米山)』で狩りをされたとき、風がふいて天皇の笠を飛ばした。お供をしていた鴨別命が、『この山の神が天皇に奉ろうとしているのです。』と進言した。はたして天皇がこの山で狩りをされたところ、獲物が多かった。天皇はたいへんお慶びになって、鴨別命に「笠」の名を与えられたという。」また、飛ばされた天皇の笠がかかったといわれる「笠懸の松」が、笠神社参道の脇に残っていたが、明治7年(1874)に枯死したそうである。
笠岡市公式サイト より

参道入口

参道

参道入口の浪速狛犬。拡大写真はこちら。
(年代不明)

参道

境内入口左右の玉乗り狛犬。拡大写真はこちら。
(年代不明)

境内

拝殿

宮獅子風、異相の狛犬。拡大写真はこちら。
(昭和39年(1964)9月吉日建立)

拝殿内部

本殿

本殿前の備前焼狛犬。素晴らしい宮獅子です。拡大写真はこちら。
(年代不明)