加賀郡吉備中央町下加茂1479(平成21年8月20日)
東経133度49分29.85秒、北緯34度51分31.21秒に鎮座。
この神社は下加茂の中心部から宇甘川左岸に沿って484号線で東に向かい、最初の左カーブで川を渡り、川に沿って左に行くと右手に鎮座しています。
大きな森が切れたところに鳥居が建ち、参道の入口となっています。参道右側には駐車場、正面に随神門が見え、その手前に備前焼の宮獅子が置かれています。随神門内にも木製の神門狛犬が居て、思わぬ拾い物に大喜び。境内は広く明るく、妻入りの拝殿の背後に建立されている本殿と境内社の稲荷神社は町指定の文化財となっています。これらの社殿屋根には鬼が取り付けられ、流石「桃太郎の国」と変なところで納得してしまった私達です。
静かで清々しく、落ち着いた佇まいの素晴らしい神社でした。
御祭神:大山祇命、大己貴神、少彦名神
祭礼日:1月1日・元旦祭、4月第三日曜日・祈年祭、7月第三日曜日・夏祭、8月18日・火燈祭、10月第3土曜日・例大祭、10月第3日曜日・加茂大祭、11月23日・新嘗祭
境内社:稲荷神社他
由緒:第46代孝謙天皇御代、報恩大師、備前48ヶ寺を建立した。その一つを津高郡長庄に建て奥院を本宮山に設け本坊を山麓、現在の下加茂に構えて茲觀坊と証した。爾来佛法弘通の世に遭い堂塔伽藍壯麗を極めたが、遂に比叡山延暦寺に傚ひ佛法守護神として第60代醍醐天皇延喜年間(901〜922)に近江國坂本日吉山王(大山咋命)を勸請した。是が当社の縁起で、実に千有余年となる。
正安3年(1301)に社殿を造営。大工近次郎、祝師僧信慶大徳、禰宜物部宗恒、天文18年(1549)社殿造営虎倉城主伊賀久隆、大工藤須六左衛門。
延宝4年(1676)備前藩主 池田光政公が修造せられたのが現在の社殿である。
池田家は代々社領米を献じ、継政公は享保19年(1734)5月、疫病退除の祈祷の上神符を納めるなど代々崇敬が篤かった。
(「岡山県神社庁公式サイト」より)
社頭 |
参道入口の台輪鳥居 |
参道の様子 |
境内入口 |
境内入口にいる天保元年生まれの備前焼宮獅子 吽には角が付き、盗難防止のためでしょうか、前脚に鎖が付けられています。 狛犬の拡大写真はこちらで |
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(天保元年(1830)建立) |
随神門 | |
随神門内にいる木製狛犬 剥げかかってはいますが未だ彩色が残り、阿には男性のシンボルが付けられています。 狛犬の拡大写真はこちらで |
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境内の様子 |
拝殿 |
町指定文化財・本殿 |
町指定文化財・境内社:稲荷神社 | 境内社 |
本殿屋根上で睨みをきかす鬼 | 稲荷神社屋根上で睨みをきかす鬼 |