諏訪神社

南島原市深江町丁3142番地(平成24年8月19日)

東経130度21分27.09秒、北緯32度43分08.88秒に鎮座。

 この神社は深江中学校南に鎮座しています。私達は北側の251号線入口から直に神社の入口に辿り着いたのですが、参拝後に気がついたところでは、約300m程南西に離れた道路に一の鳥居が建立されていました。
 綺麗に刈り込まれた生け垣の中央奥に二の鳥居が建立され、鳥居を潜ると横長の神池中央に神橋が架かり、日本庭園のように手入れされた木々の間を石段の参道が境内入口に続いています。境内入口に立つ弘化2年建立の燈籠には、可愛いサーカス狛さんが乗っており、思わず見とれてしまいました。三の鳥居奥が境内で、境内右側には土俵、左に手水舎、境内社の英霊社が配されています。中央奥に平成10年改築の唐破風付き入母屋造りの拝殿、流造の本殿が建立され、県指定天然記念物の社叢に良く映えていました。

 御祭神:建御名方命
 祭礼日:8月27日
 境内社:英霊社
 由緒:諏訪神社は信濃国(長野県)上田庄から信州第一の大社である諏訪神社を当時の地頭八代深江城主安富秦清氏が勧請したものである。諏訪大神はもともと狩猟神、武神としての性格が強く武家の間で信仰が厚かったものでのちには農耕的性格を加えた。
 正長元年(1428年)8月21日現在地に深江村の産土神としてまつり、のち村社となし村民結合の守護神となった。今日神社境内に群生している大楠やチシャ、ハリギリの大木は大変珍しく、とくに大楠は幹廻り6mのものもあり、樹齢は550〜600年位達しているものと推定される。

 当神社は、深江守護職八代、安富秦清公によって正長元年(1428年)長野の諏訪大社を勧請されたものであり、旧御社殿は、島原城主、六代松平忠房公が島原市霊丘公園内に延宝元年(1673年)建立され東照宮として崇拝されたお社を、明治16年深江に譲り受け建立されたお社でした。創建当時より数えて三百有余年を経て老化著しく、修理不能となり平成10年1月より改築に着手し、同年10月に完成しました。
 …後略…。

参道入口に立つ一の鳥居
一の鳥居は神社入口から約300m程南西に離れた道路に建立されています。
一の鳥居に掛かる額
「諏訪宮」
一般道と共用の参道
社頭
神社入口
神社入口に立つ二の明神鳥居 鳥居に掛かる額「唯一」
参道の様子
姿の良い神橋
神池
境内へと上がる石段の参道と境内入口
境内入口に立つ弘化2年建立の燈籠には、可愛いサーカス狛さんが乗っています。
阿は上顎が欠けてしまいましたが、爪先立ちしている吽はとても美形です。
燈籠・狛犬の拡大写真はこちらで
(弘化2年(1845)乙巳7月吉辰日建立)
境内入口に立つ三の明神鳥居 鳥居に掛かる額「感應」
境内の様子
土俵
唐破風付き入母屋造りの拝殿
拝殿木鼻・狛犬と獏
流造の本殿

境内社:英霊社入口と鳥居
鳥居に掛かる額 英霊社神殿
平和祈念の碑 殉国英霊塔
石祠 石祠

県指定天然記念物・諏訪神社社叢
境内に群生している大楠やチシャ、ハリギリの大木は大変珍しく、とくに
大楠は幹廻り6mのものもあり、樹齢は550〜600年位達しているものと推定される。
ご神木・大楠
ご神木・大楠
ご神木・大楠
ご神木・大楠