壱岐市芦辺町住吉東触470 (令和5年3月30日)
東経129度42分31.53秒、北緯33度47分06.07秒に鎮座。
この神社は、壱岐市役所の北北東4km程の辺り、芦辺町住吉東触の街外れに鎮座しております。
御祭神 底筒男神・中筒男神・表筒男神
由緒
當社は神功皇后新羅御親征御凱旋の時三韓鎮護の為、軍越神事を定め、御親祭あらせ給いしに始まり、文徳天皇を始め11回に亘って神位を御進めになり後醍醐天皇の御代には式内明神大社に、明治4年5月には國幣中社にそれぞれ御列格になり、昭和24年5月と同44年同じく49年10月には畏れ多くも天皇陛下より幣帛料の御奉納遊ばされ今や壱岐の島の総鎮守として、尚且つ長崎縣下筆頭の御由緒ある神社として朝野の御尊崇殊に厚き神社なり。
境内由緒書き より。
一の鳥居
参道
神社入口
神額
参道
参道左右の狛犬。拡大写真はこちら。
(御大典記念 昭和3年(1928)建立)
参道に架かる神橋
拝殿
拝殿内部
木造狛犬
本殿
稲荷神社
夫婦楠
桜