壱岐市芦辺町湯岳興触676 (令和5年3月30日)
東経129度44分02.45秒、北緯33度45分59.46秒に鎮座。![]()
この神社は、壱岐市役所の北東5km程の辺り、湯岳興触の街外れに鎮座しております。
御祭神 足仲彦尊・息長足姫尊
相 殿 應神天皇・仁徳天皇・天手力男命・八意思兼神・住吉大神
| 由緒 | |
| 1. | 当社は延喜式第10巻神明帳所載の壱岐嶋石田郡興神社である。社記に言う。往古壱岐宅郷国名村(湯岳村)国の一宮国分社で又官庫の鑰政所の印を納めていたので印鑰大明神と称したとある。 |
| 1. | 神明記には興神社こう村以前は印鑰大明神式内社とある。 |
| 1. | 神社帳には湯岳村久保頭興神社一宮とあり式内24座の内宝殿拝殿あり神主吉野数之進とある。 |
| 1. | 嵯峨天皇弘仁2年(811)10月朔日御鎮座で、文徳天皇仁寿元年(851)正六位上に叙せられ以後10回にわたり各一階づつ神階を進められ給う。 |
| 1. | 永禄9年(1566)宝殿再建、松浦肥前守源隆信公の棟札あり。 |
| 1. | 同年、13年拝殿再建松浦肥前守源鎮信公。 |
| 1. | 慶安2年(1649)国主松浦肥前守鎮信公木鏡及石額奉納せらる。 |
| 1. | 社記には例祭日の前夜大神楽。翌例祭日には国主名代兵具や幣帛を献上するとあり、又女池の行宮に渡御ありと記されている。 |
| 1. | 壱岐七柱の一つで明治9年(1876)12月4日村社に列せらる。 |
| 1. | 明治40年(1907)神饌幣帛料供進神社に指定せらる。 |
| 境内由緒書き より |
参道入口
神額
二の鳥居
境内入口の岡崎型狛犬
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拝殿
拝殿内部
本殿
桜