科野大宮(しなのおおみや)

上田市常入723-1 (平成28年8月9日)

東経138度15分40.00秒、北緯36度23分28.81秒に鎮座。

この神社は、上田駅の東800m程の辺り、上田市の市内に鎮座しております。

御祭神 大己貴命・事代主命

由緒
科野大宮社は、大己貴命と事代主命を祭神とする。延喜式にはないが、それ以前からの古社で、国分寺との関係も考えられ、あるいは信濃国府の総社であったかとの思われる。・・・・・
境内由緒書き より。

社伝によれば、第10代崇神天皇の御世に神八井耳命の孫・建五百建命(たけいほたけのみこと)による創建という。
天武天皇の御世に神地の下賜があり、天平年間(729年-749年)には官祭執行の儀があったともいう。
信濃国府は古来上田市にあったとされるが、平安時代初期に松本市へ移されたとされる。上田市の国府は神科台地上と推定されており、当社は国司が参拝する総社であったとする説がある。なお、付近には信濃国分寺跡・信濃国分尼寺跡も残っている。
当社は古来「総社大宮」「科野国魂神」と称したといわれ、中世には「大宮諏訪大明神」と称したと伝える。
真田氏による上田城築城以来、当社は城の鎮守と定められ、信濃国分寺三重塔と当社は藩費をもって修繕したという。寛文9年(1669年)頃の城下町古地図には「常田村大宮」と記載されている。
明治に入り、近代社格制度においては県社に列し、社名を現在の「科野大宮社」に改めた。
ウィキペディア より

参道入口

参道

上田と言えば真田か

拝殿

本殿


子安社

城中稲荷社

御神木