伴野神社
下伊那郡豊丘村神稲字山王7799(平成23年5月1日)
東経137度53分42.65秒、北緯35度32分3.23秒に鎮座。
この神社は豊丘南小学校の南約300mに鎮座しています。
18号線脇に一の鳥居が立ち、参道はそこから真東に神社へと続いています。一般道と共用の参道を行くと石段参道となり、石段を上がりきり、又道路を越えると、神社の入口となりますが、入口には狛犬がいるだけで、下の境内と道路は低い石垣で区切られているだけという、如何にも開放的な神社です。
下の境内左には神楽殿?が配され、朱の鳥居を潜り石段を上がると、社殿が建立されている上の境内へと行き着きます。
社殿両脇には沢山の境内社が祀られ、他に境内には境内社:東神社、爰沼神社が祀られています。
総てに於いて整備清掃が行き届いた、とても綺麗で清々しい神社でした。
御祭神:大山昨神
祭礼日:不明
境内社:出雲大社、北野天満宮、伊雑皇社、諏訪社、八坂社、浅間社、秋葉社、春日社、琴平社、八幡社、若宮社、蚕玉社、稲荷社、山神社、愛宕社、戸隠社、東神社、爰沼神社、冨士浅間大神、御嶽山大神
由緒:伴野神社は康和4年(1102)滋賀県坂本日吉大社より大山昨神を勧請奉祀して開創された。神社の所在地伴野は古く平安初期の大同類聚方に既にその地名が見え、更に伴野庄は上西門院など皇族領として竜東地域一帯に広がり伴野がその中心地であった。
天文23年(1554)8月武田氏と知久氏は伴野・林地区で戦いその戦禍により伴野神社を焼失、元禄15年(1702)と安政5年(1858)に再建された。その後しょうわ36年6月豪雨大災害を被り社社殿が壊滅、昭和47年再建。平成13年豪雪被害を機に氏子一同は神社再建の意思を固めるに至り新しい敷地に特に祭神大山昨神に相応しい日吉造りの社殿及び附随する施設を平成15年整備完了した。
…後略…。
18号線脇に立つ一の鳥居 |
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一の鳥居に掛かる額 |
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一般道と共用の参道 |
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石段参道 |
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社頭 |
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下の境内の様子 |
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下の境内に建つ神楽殿? |
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二の鳥居 |
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石段参道 |
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上の境内入口 |
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上の境内の様子 |
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社殿 |
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社殿に掛かる額 |
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社殿 向かって左の境内社:伊雑皇社、諏訪社、八坂社、浅間社、秋葉社、
春日社、琴平社、八幡社、若宮社、蚕玉社、稲荷社、山神社、愛宕社、戸隠社 |
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境内社:東神社 |
境内社:爰沼神社 |
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冨士浅間大神・御嶽山大神 |
手水 |
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