子安神社

伊那市美篶芦沢223(平成23年4月29日)

東経138度2分36.28秒、北緯35度50分12.84秒に鎮座。

 この神社は361号線の北の山の麓に鎮座しています。参道入口は361号線の一本北を通る道路沿いにあり、参道はここから北に約150m程続きます。
 参道入口には燈籠と「妙儀宮 子安宮 八幡宮」の額が掛かった一の両部鳥居が立ち、下草の生えた平坦な参道、神橋、石段が変化をもたらしながら境内へと続いています。大きな森を背景にした境内には、中央奥に子安社を中心に妙儀社と八幡社が左右に翼のように造られた珍しい造りの社殿を拝殿として、妙儀社 子安社 八幡社の柿葺一間社流造の本殿に、それぞれ建立時期の違いは有れ細やかな彫刻があり見応えを感じます。
 又、境内左には覆い屋内に天満宮が祀られており、この社殿も市指定文化財となっています。境内右には多くの境内社石祠があり、往時の神社の姿を彷彿とさせています。
 狛犬はいませんが、氏子さん達の崇敬の気持ちが伝わる、素晴らしい佇まいの神社でした。

 御祭神:木花咲耶姫命、配祀:品陀別命(八幡社)、日本武命(妙義社)
 祭礼日:不明
 境内社:稲荷神社、天満宮、御社宮司社、春日社、掛川社、中山社、八幡宮、大天狗他
 由緒:創立不明なれども 正應年中神主右京進と有之後 慶長6年城主保科弾正忠源正直山田八幡宮を遷配祀とし 城内鎮護とす 嫡男肥後守従五位下源正光神事免として 旧一反四畝十五歩被附置候
 後 寛文4年6月山崩して社殿共に社地押出し悉皆破損す 因て自仝5年2月城主鳥居左京亮源忠常 家臣大澤六太夫を普請奉行として社地を改め 現地に新築し 本社及配祀を造営し 今度新に上野国妙義社分霊を勧請し妙義社を配祀す 又 京都北野神社伏見稲荷神社分霊を勧請し 天満宮稲荷社を別宮とし 拝殿及花表石陸石燈籠三組大手水鉢に至る迄同7年3月落成し 則4月初卯日遷座大祭を修行す
 後 内藤大和守元禄4年 拝殿修理手水鉢奉納 内藤駿河守に至り 手水鉢奉納有之 勧請草創より代々城主祈願所にして美観勝地也
 近郷近村より婦人安産を祈りしに 感応炳然たる故を以て参拝者常に不絶 爰に其霊験に感ずる所あり 皇紀2600年千載一遇の記年に當り 社内壮麗を企畫し御神霊を奉慰せんとし 普く御神徳を発揚せんとす 依て 諸方敬神者の御芳志を仰ぎ 完成せんとす 希くは應分の御寄進仰ぎ度候

社頭
参道入口の一の両部鳥居
一の鳥居に掛かる額「妙儀宮 子安宮 八幡宮」
石段参道
参道
二の明神鳥居
石段参道
参道
神橋
参道と境内入口
境内の様子
「妙儀社 子安社 八幡社」連結三社殿
子安社を中心に妙儀社と八幡社が左右に翼のように造られた珍しい造りの社殿です。
子安社拝殿
柿葺一間社流造の子安社本殿

妙儀社拝殿
市指定文化財・柿葺一間社流造の妙儀社本殿
社伝では寛文5年(1665)建立
八幡社拝殿
柿葺一間社流造の八幡社本殿
境内社:稲荷神社

境内社:天満宮覆い屋
市指定文化財・柿葺一間社流造の天満宮本殿
 17世紀後期建立(推定)
御社宮司社 境内社
境内社:春日社 境内社:掛川社
境内社:中山社 境内社:八幡宮
境内社 境内社:大天狗
参道に咲いていた可愛い芝桜