加江田神社

宮崎市学園木花台桜1(平成21年1月5日)

東経131度25分18.57秒、北緯31度49分22.65秒に鎮座。

この神社は、宮崎大学の南東500m程の辺り、学園都市らしく閑静な住宅地の中に鎮座しております。

御祭神:天照大神・伊弉諾尊・伊弉無命
当神社は伊勢神明宮と称し加江田の元伊勢に鎮座ましませしが代百十一代後西院天皇の寛文二年(2322)九月十八日子の刻大地震大海嘯に襲われ正連寺平野は海となり河野某が御神体をのみを奉じ中原に仮りに鎮座し奉り翌寛文三年の春現在の地へ御移し奉りお伊勢様と申し崇め維新の際加江田神社と改称郷社に列せらる。
境内由緒書より。原文はこちら。

旧社地は現在地の南東1km程の加江田川の南側、加江田橋の近くのようです。大地震と大津波で水没し、現在地へ遷座したと言うことです。

神社入り口と社号標

鳥居

拝殿と本殿

木鼻の象と狛犬

本殿横

拝殿内部

狛犬の少ない宮崎ですが、古いのはとても古い。寛永の狛犬では最高の保存状態かも知れません。拡大写真はこちら。

(寛永11年(1634)卯月吉日建立)

御年神社 福智神社

秋葉大権現

御神木

雨乞いの碑について
昔、日照りの続いた夏、雨の欲しい農民達が神様に雨乞いの祈願をした。田野、清武、赤江、木花地区の農民が木花で合流、30〜40台の車に大太鼓を積み鐘や太鼓を打ち鳴らして大行進。熊野神社で祈願した後、青島神社に参り青島地区を加えた五地区が最後に加江田神社に集って合同の祈願祭を行った。当時のエピソードとして水利の良い木崎、島山は太鼓もなく不参加で行列に水をかけたりした為太鼓がぬれてたたけずケンカが起きたと伝えられている。天まで届けと打鳴らす太鼓の音は雄壮なれど農家の非愴な願いがこめられていたのである。
尚、雨乞い太鼓は現在も熊野下原、田野、内海地区に郷土芸能として伝承されている。