仙台市青葉区通町1-3-16 (平成25年8月1日)
東経140度52分05.65秒、北緯38度16分26.90秒に鎮座。
この神社は、JR仙山線・北仙台駅の南西800m程の辺り、玄光庵という寺院のすぐ東隣に鎮座しております。
御祭神 伊弉冉尊・速玉男尊・黄泉津事解男尊
勧請の年月は不詳なれど当社傳承宝暦癸酉歳(宝暦3年(1753))(約220余年前)の御縁起録に據れば往古は熊野三所大神宮と稱す。人皇第八十三代土御門天皇の御代御勅宣を以って宮城郡荒巻邑総鎮守として奉祀すべき旨達せられ近郷近在の崇敬特に篤かったと曰ふ。
註、縁起曰ク荒巻邑堺際者西ハ郷六折立川限東ハ藤松限北、根白石早坂川限南は鎰取堺此地ニ出産之者ハ皆産子也ト・・・・・・・
現在の社殿は享保七壬寅歳に建立す。明治十二年六月四日村社に列格す。
境内由緒書き より
由緒
本社は土御門天皇の代(1198〜1210、鎌倉)宮城郡の内荒巻村の総鎮守として真言宗湯殿山薬本寺内に創祀して、西は郷六折立川限、東は藤松限、北は根白石早坂川限、南は鈎取の地内を産子区域とし、熊野三所大神宮と奉称した。例祭には湯立の神事あり五貫文の知行地があった。然し何時の頃よりか社頭荒廃し、薬本寺も亦廃寺となった。寛文7年(1667、江戸)季秋朔別当源耕庵(今の玄光庵)一屋和尚寺内山門の外に社殿を建て神霊を安置して9月9日を以って例祭日とする。爾来産子は勿論遠近の崇敬者の参拝者衆をなしたという。(社蔵、荒巻村縁起、堺際縁起)又、「封内風土記」は次のように記している。熊野神社、其九、在玄光庵中、不詳何時勧請、伝云、此社旧在北七番丁、井上九郎兵ヱ宅地而同処成田万之丞宅中、有御手濯、往古有祝部、巫女等、自何此、荒廃移社于今地乎、共不伝。明治維新の際別当寺を廃し、社号を改め、同12年6月村社に列す。
宮城県神社庁公式サイト より
神社全景
神額 | 社号標 |
境内
拝殿
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(年代不明) |
神額
拝殿内部
本殿
湯殿山 | 石仏 |