熊野那智神社

名取市高舘吉田舘山8(平成19年7月21日)

 この神社は高舘川上東北畑の里宮らしき辻堂から右手の道を入り、突き当たりの東京石灰の採石工場の入口から右に戻るような感じで山に入っていくのですが、この日はあいにくの雨模様で、霧も深く、山頂までの山道は未舗装で荒れていて、まるで何処かの山岳地帯に迷い込んだような感じで、心細い限りでした。この道は途中雨に削られた大きな段差もあり車高の低い車は無理でしょう。因みに帰りは行きに来た道が余りに酷かったので那智が丘団地の方に降りてみたのですが、完全舗装の広い道路が出来ていて、団地からの入口さえ分かればこちらからの参拝がお薦めです。途中の林の中には観音堂がぽつりと建っており、いかにも山岳霊場という雰囲気が未だ多分に残っています。やっとの思いで山頂に着いたのですが、このルートで行くと庫裏の裏側に着き、実は裏口参詣となってしまいます。境内の正面には神楽殿を兼ねた長床が建っていますが立ち入り禁止で、下には石段が続いていますから、嘗て徒歩での参拝が盛んだった頃にはこちらからの参拝者で賑わっていたのでしょうが、現在は使われていないようです。社殿は嘗ては茅葺きであったろうと思われる重厚な造りで、境内には「山一」と命名された古代杉が聳え、鐘楼が建ち、多数の神社の碑が建つ、未だかなり仏教色の強い、神仏混交の名残を感じさせる神社でした。

 御祭神:主神・事解男尊、配祀・他6柱
 例祭日:例祭・旧暦3月15日、夏祭・旧暦6月10日
 由緒:伝説によると、養老3年(719)漁夫が海底から御神体を引き上げて、高舘山頂に社を建て羽黒大権現として奉仕したのが創祀といわれています。後、名取の老巫女の熊野三神勧請にあたり那智の分霊をこの社に合祀し、熊野那智神社と改称しました。後世伊達家の厚い崇敬を得、社殿の造営や社地の寄進などを受けています。
 また付近から発見された多くの供養碑は往時の熊野信仰の盛況を伝え、社宝の懸仏・銅鏡は国指定の重要文化財に指定されています。

神社入口
境内にいる年代不明の仙台型狛犬
阿吽の位置が反対で、阿には角が付き、吽は招き猫のように右前脚を上げています。やや上向きで潰れ気味の顔をしており、穏やかな大型犬のような顔つきです。鬣は短く、先が太い一本の尾は背に張り付いています。
狛犬の拡大写真はこちらで
拝殿
拝殿内の様子

本殿 鐘楼
神楽殿を兼ねた長床? 本来ならば名取平野が一望できるのでしょうが、今日は生憎のお天気で見えるのは深い霧ばかり…。まっ、これはこれで深山幽谷の雰囲気が堪能できて良いのかも知れませんが…。
ご神木の古代杉
左から、愛宕神社、秋葉神社、日吉神社、八幡神社、?、高舘神社碑
神社へ向かう途中に建つ観音堂