八幡神社

宮城郡利府町中央3-6-1 (平成26年8月4日)

東経140度58分57.36秒、北緯38度19分36.92秒に鎮座。

この神社は、JR利府線・利府駅の西500m程の辺り、利府町の街中に鎮座しております。

御祭神 大鞆別命

由緒
利府町誌によれば、この宮についての記述は安永風土記等江戸時代の文献の古文書には記録されていないとされています。しかし、その由縁は民間の伝承で分かるとされています。
その由縁というのは、「ずいぶん大昔のこと、陸奥国に大地震があって、大津波に流されてきた八幡村(現多賀城市)の八幡様の御神体をおまつりしているのだ」というものです。
今の多賀城市の古老の人々はこの宮を「泥八幡」といい、利府では「流れ八幡」といっていました。
祭神は普通の八幡宮とは異なり、大鞆別命とされています。祭日は、旧3月15日の春まつりと8月25日の秋まつりであるとされています。
また、この伝承にはつづきがあり、加瀬の小林主膳の遠い先祖の人が大昔の大津波の時に加瀬一本杉のあたりで御神体を泥から取り上げ、「流れ八幡」としておまつりしていましたが、いつのころからか利府の人々による共同の祭典になったということです。
その伝承に出てくる八幡様が多賀城市の八幡神社であるとすれば、大昔には沖ノ井八幡宮とよばれ、鎌倉時代の建保年間(1213〜18)に多賀城市八幡に移されたものです。
現在の宮の形は、江戸時代の文化11年(1814)に肝入・検断佐々木春泰によってつくられたものです。いつのころからか「流れ八幡」の御神体はみあたらなくなってしまいました。
境内由緒書き より。

由緒
利府町に八幡様として祀られている。創建等詳細は不詳。民間の伝承によると、大昔大地震があり大津波に流されて来た八幡様を祭祀している。神の宮居として文化11年(1814)に仙台藩に願って修造したことが判っている。
宮城県神社庁公式サイト より。

参道入口

鳥居

境内

拝殿

拝殿前の狛犬。拡大写真はこちら。
(昭和49年(1974)4月15日建立)

本殿覆屋


雨神 湯殿山