鳥羽市堅神町787 (平成26年5月11日)
東経136度49分19.08秒、北緯34度28分36.96秒に鎮座。
この神社は、近鉄鳥羽線・池の浦駅の北東150m程の辺り、ささやかな駅前商店街の裏手に鎮座しております。
祭神 建速須佐之男命・穴織神・萬幡豊秋津姫命
由緒 | |
1. | 当社は現在地の鎮座にして堅神社と称し奉りしが明治41年(1908)9月27日許可を得て境内社天津神社、国津神社、本田神社、赤坂神社を合祀し同年41年(1908)12月13日堅神社と単称す。 |
1. | 佐見津日女命は大字堅神字宮山777番地、村社堅神社の鎮座にして昔時潟上社と称したるを堅神社と明治6年(1873)堅神社と改称したるものにして、其創立は堅神建置の時奉祀せし産土神なり。 |
1. | 國狭槌命は境内社天津神社に鎮座なり。 |
1. | 瓊々杵命は境内社国津社の鎮座なり。 |
1. | 大山祇神は二座を合祀せしものにして、其の一は境内社本田神社、其の一は同赤坂神社の鎮座なり。 |
往時此處は伊勢国度会郡伊介郷に属したる地にして伊介の邊に在るを以って潟上と云いしなり。当時伊介郷に於て皇太神宮の御贄調取せらるゝ。堅神神社境内に假屋を設け青萱を以って屋根を葺き御厨とせらるゝ例なりしとあり。 | |
境内由緒書き より |
参道入口
一の鳥居と社号標
二の鳥居
三の鳥居
拝殿
神門
本殿
磐座