大川神社

舞鶴市大川徹光山169-1(平成22年7月28日)

東経135度15分46.94秒、北緯35度26分40.19秒に鎮座。

 この神社は由良川左岸の178号線沿いに鎮座しています。徹光山(標高200m)の東山麓に鎮座しており、背後の大きな森に抱かれた神社は、静かで落ち着いた雰囲気を漂わせています。
 今は一般道となった神社の手前に水の流れが見えない神橋が架かり、神社の入口は石段の上に板が敷かれたスロープになっています。参道両脇には社務所や祈祷所が建ち、途中に一の台輪鳥居、二の両部鳥居が建立されています。祈祷所を右に見るとすぐに城郭のような石垣が組まれた上に荘厳な市指定文化財・中門が建立され、本殿へと上がる石段脇にご神木の大ケヤキが聳えています。
 社殿が建つ境内も石垣が組まれた上にあり、緑が多く整然とした境内中央に割拝殿風の市指定文化財・拝殿が開放的な姿で配され、本殿へ上がる石段両サイドに出雲丹後狛犬、本殿前に寛延4年生まれの個性的な狛犬がいます。市指定文化財・本殿は精緻な彫刻が施された千鳥破風唐破風付きの大寺院のような造りの建築物です。そのほか境内には摂社など数社が祀られています。
 加佐郡では唯一の名神大社としての歴史の重みと、清々しく風情のある環境、巨大で荘厳な社殿、整備された参道や境内などが印象的な素敵な神社でした。

 主祭神:保食神、相殿:句句廼馳神(木神)、軻遇突智神(火神)、埴山姫神(土神)、金山彦神(金神)、罔象水神(水神)
 祭礼日:例祭・4月29日、大祭・11月3日
 境内社:病除神社、医祖神社、竃神社、神馬神社、興和神社
 由緒:開創は五世紀末顕宗天皇元年(485)4月23日宮柱を立て鎮祭したところから始まったとされます。
 その後、天武天皇5年(676)には勅使をもって幣帛が捧げられ、さらに持統天皇7年(693)7月には「祈雨の政」が行われたことを伝えています。平安期に入ると、貞観元年(859)には神位の昇進があり、十世紀には延喜式内名神大社に列し、丹後国きっての著名な古社であります。
 下って明治5年郷社となり、大正8年府社になり、大川大明神と尊称されて来ました。
 主神は保食神・相殿に句々廼馳命神(木神)・軻遇突智神(火神)・埴山姫神(土神)・金山彦神(金神)・罔象女神(水神)の五元神が祭祀されています。
 例祭は4月29日、大祭は11月3日で、御幣渡御・種々の奉納行事があり、伝説も数多く、什物として室町時代「享徳2年(1455)の銘がある特異な形の鎌鑓があります。
(「境内案内板」より)

社号標 社頭
神橋
神社入り口
参道に立つ一の台輪鳥居
参道の様子
参道に立つ二の両部鳥居
参道の様子
市指定文化財・中門(1790年建立)
参道の様子
ご神木・大ケヤキ
市内では四位の大きさで、周囲4.65m。
境内入り口
境内の様子
市指定文化財・割拝殿(1820年建立)
本殿へ上がる石段両サイドにいる出雲丹後狛犬
縦置きで阿吽の位置が反対です。
狛犬の拡大写真はこちらで
本殿前にいる寛延4年生まれの狛犬
縦置きで、阿吽の位置が反対、吽には角が付いています。奥目で精悍な顔つき、とても個性的な狛犬です。
狛犬の拡大写真はこちらで
(寛延4年(1751)辛未3月吉日建立)
市指定文化財・本殿(1872年建立)
向拝下彫刻
木鼻・狛犬と象
目抜き彫刻
木鼻・象
境内社:病除神社 境内社:医祖神社
さざれ石 境内社:竃神社
境内社:神馬神社 神饌所
境内社:興和神社 御輿殿
参集殿? 絵馬