児神社

京都市右京区嵯峨釣殿町(平成19年1月2日)

祭神は寛朝大僧正の侍児である。とあります。寛朝といえば、平将門を調伏しその後、成田山新勝寺を開創した事で有名ですが、その寛朝亡き後広沢の池に身を沈めた侍児を祀ったのがこの神社です。

拝殿と覆い屋の中の本殿。

寛朝大僧正がこの広沢の池畔で座禅の折、傍らでいつも侍児が腰を掛けていたという石椅子。不思議な事に女性が座れば必ず長命・安産・縁結びが叶うそうです。我が愚妻も腰掛けようかしら・・・などと言い出す始末。今更安産・縁結びを願ってどうするのだ・・・と思わず言ってしまいました。

磐座

御神木。

残された児が身を沈めたという、広沢の池。今は冬の右京の風物詩となっている、池ざらえでご覧の通り干上がっています。今なら身を投げても泥だらけになるだけでしょう。

由緒書きはこちらで。